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気が向いたら思いついたことを書いてみます
『団団珍聞』第三百八十五号(明治十六年十月)の戯画に、
神社の額には「茨城神社」とあり、幟には「いばる気神社」とあるので笑った。
この戯画の意味するところは、説明文を読んでも全く理解できないが、「茨城」を「いばる気」にかけた表現は初めて見た。
都々一坊扇歌の伝で、「水戸の人は鼻にかかる」というのがあるが、水戸の人が全て蓄膿症であるはずがない。これは「水戸の人は鼻にかける」が正しいのではなかろうか。扇歌はかなり頭の回転が速かったようだから、天狗になってもおかしくない。
自分自身や周囲の人を見ても実感できる。「井の中の蛙」の類だ。
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名医を国手といった。「国手」はもはや死語といってよいだろう。
平成天皇の心臓手術を担当した天野篤を「国手」と称したメディアはないようだ。ネットを見ると、「天皇陛下の執刀医」という変な表現になっている。
複写機のある世の中に生まれたことをありがたいと思う。
昭和二年、宮武外骨は別所温泉で上田花月に会い、「投書家細見を五円位でお譲り下さいませんか」と頼んだところ、2部複写の後、原本を郵送進呈されたという。
この時代に複写機はないから、書写したものである。
この原本は、現在、東京大学大学院法学政治学研究科附属近代日本法政史料センター明治新聞雑誌文庫に保存されている。その見返しには、次のような外骨の書込みがある。
  此珍本
 昭和二年十一月三日
  信州別所温泉遊浴中
  上田花月こと飯島茂経兄より
    贈らる
          外骨㊞
此前日、予が花月子ニ本書の借覧を乞ひしによつて、子が別所温泉の花屋ホテルへ携へ来られしなり、予が花月子に対して「ワタシが十六歳の時、団珍に投書したことがあります、其頃本書を購入して久しく持つてゐたのですが、二十二年入獄の不在中に紛失したのを今に惜く思つてゐるのです、近年三都の古本屋をあさツても見当りませぬ、失礼ですが、五円位でお譲り下さいませんか」と要請せしにつき、温厚の花月子ハ微笑しつゝ「それほど御熱望ならば進呈します」とて我有に帰せしなり、此事決定せし後、花月子は「ワタシも参考にとつて置きたい本ですから、複写して後に郵送します」とのことであつたが、其際同伴の花岡百樹子が複写を担任し、両子保存の複写本二冊を製して後、本書を郵寄されたり、其割愛の情、切なりしを察すべし
30年以上前、ステッキをついている先生に、「ステッキはどこで買うんですか?」と尋ねたところ、「しいたげられてるんですよ、デパートの傘売場に置いてあります」とのことだった。
『団団珍聞』明治三十八年の広告に、
洋傘/鞭杖
とあるのに目がとまった。
中央には大きく「仙女香」とある。これは化粧品屋か小間物屋ではないのか。そこで傘・鞭・杖を売っているという。
坂本商店
東京市京橋区南伝馬町三丁目
とあり、円形の周囲枠には、
本店ハ明治元年ヨリ引続キ洋傘ヲ営業ス
仙女香鞭杖ハ文政年間ニ開業ス
本店ハ卸小売共精良品ヲ撰ビ安価ニ調進ス
とある。
今は、ホームセンターで折り畳み式の杖を売っている。若い頃は杖にあこがれたこともあったが、年をとると御世話になりたくないと思う。
森銑三『明治東京逸聞史』(平凡社東洋文庫)明治三十四年の項目に、
「キューピッド(一)」として、
その「みだれ髪」〈菊池注=明治三十四年八月刊〉の挿絵の一つに、やはり武二がキューピッドを画いている。そのキューピッドなども、これなどが早い方かと思われる。
とある。
しかし、これよりも古い例を見付けた。
『団団珍聞』第一二九八号(明治三十三年十二月十五日)六ページに、
結び文に腰をかけて腕組みしつつ眠っているキューピッドの図がある。
背には翼、右横には弓矢がある。
これは『みだれ髪』よりも古い例である。
同図は、『団団珍聞』第一三〇六号(明治三十四年二月発行)八ページ、『団団珍聞』第一三一一号(明治三十四年三月十六日)七ページにも出ている。
因みに、『デジタル大辞泉』には、
キューピッド(Cupid)
ローマ神話の恋の神クピドの英語名。ビーナスの子。弓矢を持つ裸の有翼の少年で、その矢に当たった者は恋心を起こすという。ギリシャ神話のエロスに当たる。
とある。
森銑三『明治東京逸聞史』(平凡社東洋文庫)明治三十四年の項目に、
「ハート形」として、
この年八月に、晶子の処女歌集「みだれ髪」が出た。表紙を藤島武二が画いて居り、ハート形の中に女の横顔があって、そのハート形に、上から斜めに矢が突きささっている。ハート形を画いたのでは、これなどは早い方だろうか。
とある。
しかし、これよりも古い例を見付けた。
『団団珍聞』第一一九六号(明治三十二年一月一日発行)二十ページ「画とき話し」に、東亭扇升の「二重廻し」があるが、その挿絵、ヒゲをかたどった二重廻し(インバネス)を右側に別に取り出して描いたものの枠がハート形である。(東亭扇升とはかの小山内薫の戯号である)
今の所、これが最も古いイラスト例と言えるのではないか。
『団団珍聞』第一二九六号(明治三十三年十二月)九ページに、
ハートマークらしきものが三つあり、「怒」「泣」「笑」の表情が書かれているが、今日のハートマークとは上下逆転しており、栗の実と見えないこともない。
トランプ(西洋カルタ)の遊び方を解説した『骨牌使用法』(明治十九年十二月出版)には、
ハート 心臓形 
として、今日のハートマーク ♥を上下逆転した絵模様が描かれている。
明治二十年三月二十八日発行の『万物独学自在』のハートも上下逆転である。
明治二十一年十二月十日発行の『遊戯大学』のハートも上下逆転である。
明治二十二年四月二十九日発行の『トランプ手術』のハートも上下逆転である。
明治二十六年八月十八日発行の『物識天狗』のハートも上下逆転である。
今後は、明治三十年以前に、今日のようなハートマークのイラストを見付けられるかどうかの問題になる。
因みに、ウィキペディアによると、任天堂は明治三十五年、ロシア兵捕虜のためトランプを作製し、明治三十九年、国内向け販売を開始したという。
日本語を学習しはじめの外国人が日本に来て、喫茶店で近くにいた女子学生が何かを落し「あっ、おっこっちゃった」というのを聞いたが、「ちゃった」がわからない。辞書で「ちゃ」「つた」をひいてもわからないという、作り話ではないかと思われるような話を聞いたことがある。「ちゃった」という項目を掲げている辞典はないようだ。
『東京語辞典』(大正六年)には、
だッちャない 「だといふことではない」といへるが促りたることば。
とある。「だっちゃない」を項目掲載している辞典は他にないのではないか。
小峰大羽『東京語辞典』(新潮社。大正六年)が面白いので読んでいるところ。ハタと気付いたが、『東京語辞典』というタイトルの本はこれしかないようだ。東京堂出版は「○○辞典」というのをたくさん出しているが、『大阪ことば辞典』があるのに、『東京語辞典』は出していない。これはオカシイのではないか。東京堂なら、真っ先に『東京語辞典』を出すべきではないのか。『江戸語辞典』を出して『東京語辞典』を出さないのはオカシイ。
「おんぼろ」の「おん」とは何か。『日本国語大辞典』の「おんぼろ」の項には、
(「おん」は接頭語)
としかない。どういう意味の接頭語なのかを知りたい。
「おん(御)」を見ると、
①体言(まれに用言)の上に付き尊敬の意を表わす。
②(下に来るべき体言を省略して)「おん」だけで名詞的に用いる。
とある。今、②は関係ない。すると、「おん」は尊敬の意味ということになる。「ぼろ」を尊敬するとはどういうことか。
小峰大羽『東京語辞典』(新潮社。大正六年)には、
おンぼろ〔襤褸〕弊ぶれたる衣類、卑しき値打なきものに、故ら敬語を用ゐて戯むる。
とある。
なるほど、「褒め殺し」ということがある。『日本国語大辞典』クラスなら、この辺まで説明してもらいたいところだ。
山本笑月『明治世相百話』(中公文庫)「日本最初の勧工場」の章に、
明治の末年、新橋際に博信館の開業
とある。昭和十一年の初版単行本も同様。しかし、新橋際角にあったのは
帝国博品館勧工場
である。当時の京橋区南金六町4番地、同地が現在は中央区銀座8-8-11となっていて、博品館トイパーク・博品館劇場がある。
では、笑月は、どうして「博品館」を「博信館」などとしたのか。文庫本末尾の「父の思い出」によると、笑月は大正八年、健康を理由に朝日新聞社を退社、晩年の数年間(菊池註=昭和初め)は床に臥すことが多かった。昭和十一年、亡くなる直前に『明治世相百話』が出版されたという。弟・長谷川如是閑の跋文には、東京朝日新聞に連載されたものを多少補綴し一巻に纏めたとある。本人は校正できなかったようだ。笑月は深川生まれの江戸ッ子だから、「博品館」を「ハクシンカン」と言っていたので、つい「博信館」と書いてしまったものだろうか。口述筆記でなければ、それぐらいしか原因が思い当たらない。
明治十五年刊『港の魁』は、神戸の商店等を案内紹介したものだが、元町通三丁目「放香堂」の店頭図を見て驚いた。向って右手には「宇治製銘茶」の看板を掲げ、左手には「印度産/加琲」の看板を掲げている。店内に仕切りはない。右端・左端にそれぞれ大きな茶壺が並んでいる。店内左隅には「郵便切手売下所」と「駅逓局貯金預処」の看板も見られ、店頭には郵便ポストが置いてある。
放香堂は、日本茶販売、コーヒー豆販売、郵便局と、三つの仕事をしていたのだ。私は日本茶とコーヒー豆を共に販売している店を見たことがない。明治初期にあった店が、どうして二十世紀・二十一世紀にないのだろうか。美容室ではネイルアートを兼業している所がある。
ローソン・ミニストップは日本郵便と提携しているから、ゆうパツクを預けたり、切手を買ったりしているが、他のコンビニでも郵便切手は買えるようだ。昔は煙草屋に「切手/印紙」と書いた看板がかかっていたものだ。
安政板「根岸谷中日暮里豊島辺図」によると、東叡山の北に「天王寺」がある。明治になると、寺域の過半を共同墓地に編入され、昔の姿を失った。明治二十四年には、天王寺前と、銀杏横町と、芋坂を合わせて谷中天王寺町となった。五重塔は昭和三十二年に焼失。露伴の『五重塔』はこの塔を題材とする。昭和四十二年には台東区谷中六・七丁目に編入された。げんざい、この附近に川はなく、橋もない。以前は、根岸を音無川が流れていたが、「天王寺橋」は確認できない。
江戸・東京の地名から、地方の地名と同じものを拾った。ほとんどは江戸のもので、現在では消滅している。
駿河台(千代田区)
甲賀町(昌平橋の南)
鎌倉町・鎌倉河岸(神田)
三河町(神田)
大和町(神田)
浜松町(神田)
三嶋町(神田)
相生町(神田)
金沢町(神田)
上野(台東区)
室町(中央区)
駿河町(中央区)
長浜町(中央区)
(本)小田原町(中央区)
南小田原町(中央区)
伊勢町(中央区)
新大坂町(中央区)
元大坂町(中央区)
南大坂町(中央区)
堺町(中央区)
新和泉町(中央区)
高砂町(中央区)
住吉町(中央区)
難波町(中央区)
松島町(中央区)
米沢町(中央区)
元四日市町(中央区)
霊岸島四日市町(中央区)
小松町(中央区)
福島町(中央区)
因幡町(中央区)
岡崎町(中央区)
尾張町(中央区)
出雲町(中央区)
守山町(中央区)
加賀町(中央区)
筑波町(中央区)
山城町(中央区)
京橋(中央区)
明石町(中央区)
南飯田町(中央区)
長崎町(中央区)
川口町(中央区)
石川島(中央区)
備前町(港区)
和泉町(港区)
三島町(港区)
浜松町(港区)
富山町(港区)
松本町(港区)
豊岡町(港区)
赤坂(港区)
一本松町(港区)
古川町(港区)
伊賀町(新宿区)
若松町(新宿区)
諏訪町(文京区)
桜木町(文京区)
福井町(台東区)
三好町(台東区)
諏訪町(台東区)
茶屋町(台東区)
新町(台東区)
菊川町(墨田区)
藤代町(墨田区)
相生町(墨田区)
長崎町(墨田区)
三笠町(墨田区)
長岡町(墨田区)
吉岡町(墨田区)
吉田町(墨田区)
清水町(墨田区)
番場町(墨田区)
伊勢崎町(江東区)
元加賀町(江東区)
西平野町(江東区)
東平野町(江東区)
平野町(江東区)
三好町(江東区)
佐賀町(江東区)
小松町(江東区)
大和町(江東区)
富岡町(江東区)
島田町(江東区)
大島町(江東区)
『新撰東京名所図会浅草区之部』(明治四十一年四月)に、
須賀橋は。陸羽街道なる須賀町と蔵前片町との間を通ずる鳥越川に架す。木製の橋梁にして。傍に水道の鉄管を架し。共同物揚場等あり。昔時は二橋相並びて之を鳥越橋といひ。後に新鳥越橋に対して。元鳥越橋と称す。浅草米廩の前に当り。満潮の時は船舶の通ずるを以て。一名を千石橋といへり。又附近に牛頭天王社あるより。之を俗に天王橋と呼び来れり。往昔此辺に鳥越刑場あり。罪人をして此橋より急行せしめたれば。俗に地獄橋とも称したりといふ。明治以後天王社を須賀神社と改めしより。此橋を須賀橋と称することゝせり。
とある。
浅草蔵前新堀川下流に「天王橋」がかかっていた。
文久三年『東都浅草絵図』に、「鳥越橋/里俗天王橋ト云」とある。鳥越川と新堀川との合流地点のすぐ東。橋の南西に「天王町」がある。現在の須賀橋交番前交差点付近。須賀橋交番の現住所は、台東区柳橋2丁目16番12号。交差点の西は台東区浅草橋三丁目。
『柳橋新誌』二編に、
天王橋畔騎人一嫗を踏殺す(岩波文庫)
天王橋畔、騎人、一嫗を踏み殺す(岩波新古典大系)
とある。元の漢文は、
天王橋畔騎人踏殺一嫗(明治七年刊本)
天王橋畔。騎人踏殺一嫗。(『柳北全集』)
である。
増田太次郎『引札絵ビラ風俗史』(青蛙房。昭和五十六年)は、「神亀堂」の引札を紹介して、
この引札で不思議なのは占者の住所である。占者が表通りの立派な家に住んでいるとは限るまいが、それにしても「浅草区福富町廿九番地、但シ天王寺橋側きんつばや横町へ入り、取付の橋へつき川岸を半丁程で……の裏」とある。
としている。しかし、第41図の影印を見ると、住所は、
浅草区福富町廿九番地但シ天王橋側きんつばや横町へ入り取付のはしへつき……
とある。「天王寺橋」ではなく「天王橋」である。
天王寺は大阪の寺だ。江戸・東京に「天王寺橋」はないだろう。
篠田鉱造『幕末百話』には、
道々天王寺橋の所を通つて来ると(『増補幕末百話』万里閣書房。昭和四年。313ページ)
道々天王寺橋の所を通つて来ると(岩波文庫。196ページ)
とある。これは聞き違いか。篠田は赤坂出身で、下町のことには詳しくなかったか。
辻番は生きた親爺の捨てどころ(川柳)
信心は浮世の憂さの捨てどころ(川柳)
雪の肌(はだえ)に氷の刃(やいば)露の命の捨てどころ(小松帯刀)
旅路は恥の捨て所
御国の為と思ひなば露より脆き人の身はここが命の捨て所(「道は六百八十里」石黒行平作詞)
酒は涙かため息か心の憂さの捨て所(「悲しい酒」石本美由起作詞)
最近、自動販売機の横にあったペットボトル捨て箱が撤去されている所が目立つ。空のペットボトルを始末するのが面倒なのか。それなら、販売機を置くな。
篠田鉱造『幕末百話』(岩波文庫)に、
かの鰺切り庖刀でグサと鈴木屋の横腹へ文部大臣を極(きめ)込んじゃったんで
とある。
横腹を刺された文部大臣といえば、森有礼か。ウィキペディアには、
明治22年(1889年)2月11日の大日本帝国憲法発布式典の日、それに参加するため官邸を出た所で国粋主義者・西野文太郎に短刀で脇腹を刺された。応急手当を受けるが傷が深く、翌日午前5時に死去。43歳だった。
とある。
「文部大臣を極める」とは面白い表現だが、時事用語で、しばらくすると死語になってしまう。
重箱の隅を楊枝でほじくる
重箱の隅を楊枝でほじる
重箱の隅を楊枝でつつく
重箱の隅を楊枝で払う
重箱を楊枝でつつく
重箱の隅をほじくる
重箱の隅をつつく
という言い回しはあるが、篠田鉱造『幕末百話』(岩波文庫)に、
重箱を楊枝で洗う
とあった。
擂粉木で重箱洗う
連木で重箱洗う
という表現があるようだから、その反対で、
重箱を楊枝で洗う
があってもおかしくはない。
松岡圭祐『八月十五日に吹く風』を読んだ。「事実は小説よりも奇なり」とは、ネットを見るとバイロンの言葉とあるが、私にとっては高橋圭三「私の秘密」の名文句だ。フィクションではないかと疑いたくなるほど、ドラマチックなストーリー。
冒頭に、
この小説は史実に基づく
登場人物は全員実在する(一部仮名を含む)
とある。
日置昌一『ことばの事典』「三角関係の話」には、
わが国では大正十二年七月七日に小説家有島武郎が三角関係のため軽井沢において愛人波多野秋子と心中してから、いちやく世に知れわたったことばである。
とあるが、『日本国語大辞典』には、
近代の恋愛観(1922)〈厨川白村〉八
の例が挙がっている。1922年は大正十一年だから、有島事件より前。果たして「三角関係」という言葉を作ったのは誰か。
平山蘆江は『東京おぼえ帳』で、
三角関係といふ言葉がはやり始めたのは、大正も半ば近い頃だらう
と言っている。
『国書総目録』を調べると「日比谷」というのがあった。しかし、この本は日比谷図書館にはなく、都立中央図書館にあるのだよ、ということを教わった。
ウィキペディアには、
戦後の日比谷図書館は、1949年(昭和24年)11月に京橋仮館舎にて閲覧を再開した。1951年(昭和26年)3月に館長に就任した土岐善麿は新館の建設を進め、図書館は改築工事のために1955年(昭和30年)2月に港区麻布(現在の有栖川宮記念公園)にあった養正館に一時移転した。
とあるが、東京誌料・加賀文庫などの特別資料は、この時から麻布を動かなくなったのだろうか。
したがって、日比谷図書館(現在は日比谷図書文化館)には行ったことがない。しかし、千代田区立千代田図書館には二度行ったことがある。一度は展示会、一度は時間つぶし。
上野不忍池に競馬場があったのは知っていたが、今日は、「池上競馬場」があったというのを初めて知った。東急池上線千鳥町駅・池上駅・蓮沼駅と、東急多摩川線武蔵新田駅・矢口渡駅に囲まれた地域にあった。当時の住所は東京府荏原郡池上村字徳持495、今は大田区池上六~八丁目だ。明治39年から明治43年までの5年間という短い命。ウィキペディアに記述がある。
今はずっと東の方に平和島競艇場があるようだ。
私の知っている瀧川さん。
瀧川龜太郎(資言。1865年12月29日 - 1946年2月23日)漢学者。『史記会注考証』等。
瀧川政次郎(1897年5月26日 - 1992年1月29日)法学者。硬軟両著書あり。
瀧川鯉昇(本名:山下秀雄。1953年2月11日 - )落語家。
ツクツクホーシの鳴くのを聞いた。暦の上では秋だ。
明治十八年四月十四日の「朝日新聞」に、
古語(ふるきことば)にも母の膝は教の机とも云ば
とある。この諺を掲載した辞書はあるのだろうか。少なくとも、藤井乙男『諺語大事典』には載っていない。
ネットを見るとイギリスのバローが、
教育は母のひざに始まり、幼年時代に聞く全ての言葉が性格を形成する。
と言っているという。バローとは知らないが、ネットに
アイザック・バロー(Isaac Barrow、 1630年10月 - 1677年5月4日)
とある。ニュートンの先生だとか。
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