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気が向いたら思いついたことを書いてみます
『別世界』第六巻第十一号(明治三十一年十二月)に、
俳諧師や狂歌師が古人の死跡を探り索めて其の号を嗣ぎその名を襲ひて四世の五世のと名乗るは恰も空巣狙ひの窃盗の如し
とある。
芸界・角界は知らず、俳諧・狂歌・小説・戯作等では避けてもらいたい。
某国文学者が、某狂歌師(但し旦那芸)の提灯持ち論文を書き、狂歌師であった先祖の号を継承せず、この旦那芸狂歌師の号を襲って「二世」と称したのは、感心しない。この名で狂歌集を刊行しなかったのが、せめてもの救いだ。
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人が死ぬことの表現はいろいろとある。
文人については、「白玉楼中の人となる」と言った。
『別世界』第六巻第九号(明治三十一年十月)には、
桂才六、三遊亭万橘の両丈は此程極楽の蓮華亭へ乗込みたり
とある。「蓮華亭」とはオツな表現だ。ネットを見ると「蓮華亭」という料理屋がたくさんあるようなので、笑った。
『撥あたり』第三号(明治二十三年)に、芸者を美事に描写した文がある。
徐に左り褄してカラコロと歩む其化粧(けいけい)の清潔たる衣帯(おべべ)の時に適せし工合光沢(つやつや)なる鬢髪(かんかん)は黒く真ッ白の肌は雪の如く風姿細腰
『羅句雅記』第八号(明治二十八年)に次の記述がある。
芭蕉の句碑  過ぎぬる五月の五日京都府宇治郡醍醐字日野薬師堂境内に建て我も其盛なる式に臨みぬ碑に句あり
  留守といふ小僧なぶらん山桜   翁
これは現在の法界寺であろう。ホームページによると、
日野山を背にして建つ。「日野寺」「日野薬師」「乳薬師」ともいわれる。
https://kyotofukoh.jp/report574.html
とある。このサイトには、「留守といふ小僧なふらん山桜  はせを」句碑の写真があり、
句碑は江戸時代、1800年建立。
と説明をつけてある。
1800年(寛政十二年)に建てた碑があるのなら、95年後の
1895年(明治二十八年)に改めて碑を建てる必要はないのではないか。
明治二十八年の雑誌に「手首の有る芸者」とあった。手首があるのは当たり前だ。「手首」に特別な意味があるのだろうかと調べたが解らない。
以前に書いた「出版祝いの歌」というのは「出版への祝詞」の記憶違いであった。
『文芸共進会』第三号(明治二十七年三月)に次の記事がある。
  ○思案の都々逸、雪嶺を苦しむ
先年奇骨文学士三宅雄次郎氏主筆となりて、江湖新聞と言へるを発行せんとし、祝詞を諸家に募りて待つ。応じて四方より集る金玉の文章山の如き中に、石橋思案外史の祝詞あり。結末に都々逸を書して筆を結びぬ。流石の文学士大いに驚き、早速思案外史の宅を訪ひて『せ、せ、せッかくでしたが、私の、私の、新聞に、都、々、々都々逸は御免被下い』
まるでフォントのような美文字を書く中国の少女が話題に
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1993817.html
『千字文』をボールペンで書いているのだが、教科書体で印刷したかのような美文字。何の変哲もないボールペンのように見えるが、このペンに秘密があるのか、あるいは下の用紙ならぬマットに秘密があるのか、又はこの少女の超絶技巧なのか。毛筆で書道をやったらよかろうと思う。
斎藤緑雨は「ギヨエテとは俺のことかとゲーテ言ひ」と詠んだという。
「ギョエテ」「ゲョエテ」「ギョーツ」「グーテ」「ゲエテ」など数十種類にものぼる表記が存在した。
https://blogs.yahoo.co.jp/yutahon0281/41547091.html
シェークスピアはどうか。
明治十一年の『劇場新報』には「セーキスピール」とある。坪内逍遙訳『自由太刀名残鋭鉾』(明治十七年)の広告(明治十八年刊『小説神髄』見返し)には「セクスピア」とある。『早稲田文学』には「功過錄としてのシエークスピヤ」という逍遙の論文が載っている。逍遙自身が呼称を落ち着かせたか。
明治時代の雑誌には、「まゐらせさうらふ」「かしく」など仮名合字が頻出する。しかし、今のパソコンでは、これを文字として出力することはできない。ウィキペディアの「合略仮名」を見ると、


は出せるようだ。
ネットを見ていたら、「野丁場」という言葉があった。(やちょうば)かと思ったら(のちょうば)だった。「建築用語集」というサイトには、次のようにあった。
鉄筋コンクリート造の建物工事など、住宅以外の大規模な工事現場のこと。
かつては町場仕事のほうが施工技術が高く、野丁場という言葉は、旦那場とも呼ばれた町場職人からの蔑称だった。
しかし、町場仕事を主としてきた大工の棟梁たちが、顧客を失って、ハウスメーカーの下請けになってしまった。そのため、いまでは野丁場のほうが施工技術が高い。
野丁場と町場では、職人の言葉もいくらか違う。
「宮大工」と言われる人々は、全国で何人ぐらいいるのだろう。
大相撲序の口行司に「式守衆侯」がいる。「衆侯(ともきみ)」は本名らしい。親はどういう意図で名付けたのだろうか。キラキラではないが難読名だ。
PayPayというシステムがあり、「ペイペイモール」「ペイペイフリマ」というサイトがあるそうだ。
『日本国語大辞典』を見ると、
ぺいぺい〔名〕地位の低い者や技量の劣っている者をあざけっていう語。また、自分を卑下していう語。ぺえぺえ。
とある。
よくもまあ、こんな名前をつけたものだ。自分を卑下しているとは思えない。
キンドルというと、今の若い人は、Amazon Kindle を思い浮かべるだろう。
しかし、明治時代には「キンドル散」という薬があった。精錡水の岸田吟香が作った小児薬。広告には背に翼をつけた子供の天使が描かれている。弓矢は持っていない。
私は幼稚園の時、『キンダーブック』『チャイルドブック』『ひかりのくに』を購読していた。
ふとしたことから YouTube で市丸の歌を聞いた。「天は二物を与えず」と言われるが、美貌・美声・長寿の三物を与えられた幸せな人だ。ネットに上がっているものは録音年代が不明だが、中年以前と思われる下記の歌(リンクを貼ったもの)はすばらしい。動画(テレビ出演)は老年期である。
すととん節
https://www.youtube.com/watch?v=QUur-WPEsMs
端唄(紀伊国)俗曲
https://www.youtube.com/watch?v=C3iVxCYgKjc
東雲節
https://www.youtube.com/watch?v=jLTq4wPN1B0
春雨
https://www.youtube.com/watch?v=khyK4-ui-nA
から傘
https://www.youtube.com/watch?v=SZHqbXrsCX8
深川
https://www.youtube.com/watch?v=pSMvDIUQGYc
さのさ
https://www.youtube.com/watch?v=tDAWd9kycg0
梅は咲いたか
https://www.youtube.com/watch?v=VZ9hiOFIFNc
三階節
https://www.youtube.com/watch?v=idFSi8f0kKo
かっぽれ
https://www.youtube.com/watch?v=exYpKD0O-dw
端唄(猫じゃ猫じゃ)俗曲
https://www.youtube.com/watch?v=xsSzVJa9Sbo
俗曲(獅子ほんかいな)邦楽
https://www.youtube.com/watch?v=53_0CIGUVw4
木遣りくずし
https://www.youtube.com/watch?v=xW-jyRfEiuo
奴さん
月は無情
猫じゃ 猫じゃ
伊那節
おてもやん
真室川音頭
明治二十一年の雑誌に、
滭弗(ひつふつ)と音して岩を嚙む水の流れ
という表現があった。
「滭弗」という表現を今使う人はいないだろうし、使ったとしても享受者が素直に理解できないだろう。
太宰治は、『走れメロス』に
ふと耳に、潺々、水の流れる音が聞えた。
と書いた。「滭弗」「潺潺」、共に「水の流れ」という説明がないと理解し難い。

某有名国立女子大学の廃棄本を入手した。女高師時代の購入書だ。明治時代の活字本だが、紙質はよく、印刷も鮮明だ。13冊で7000円、送料無料だから、一冊500円ちょっと。有難い。
一冊には某千草の貸出記録がカードに残っている。ネットを見ると、この人は某県立某高校の校長だった人と同姓同名だ。結婚して姓が変わったのなら同一人物ではない。同一人物かどうか、ネットだけではわからない。
別の本には某尚子の貸出記録がある。この人は大学の教授をしているようだ。珍しい姓だし、学歴もネットに上っているので、間違いない。専門分野と、この借り出した本も符合する。
その他、二人の学生名がカードに残っている。廃棄にあたって、このような個人情報を抹消しなくてよいものだろうか。おかげで、私は某尚子氏の研究成果にアクセスすることができるのだが。
そもそも、どうしてこの叢書は廃棄されたのか。13冊のうち二冊だけ背表紙が剝がれている。うち一冊は一頁だけ外れている。補修すればよさそうなものだが、どういう理由なのだろうか。
週刊現代の「墓じまい」の記事のトップ写真に
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/66194
「倶會一處」と刻んだ墓石が三基見える。これは初めて見た。ウィキペディアには、
倶会一処(くえいっしょ)とは、浄土教の往生の利益の一つ。阿弥陀仏の極楽浄土に往生したものは、浄土の仏・菩薩たちと一処で出会うことができる、という意味である。
とある。この写真の寺は浄土真宗らしい。
宮武外骨『頓智と滑稽』に、「滑稽辞世三十六歌撰」がある。
○歌川豊広
死で行地獄の沙汰は兎も角もあとのしまつは金次第なり
○小西来山
来山は生れたとがで死るなりそれで怨みも何もかもなし
○岩井嘉七
西方の土俵入りをば急ぐのは弥陀の浄土へ団扇入れたさ
○天の広丸
心あらば手向てくれよ酒と水銭のある人ぜにの無きひと
○梶金平
死ともなあら死ともな死ともな御恩になりし君をおもへば
○正念坊
来て見ても来て見ても皆同事此処らで鳥渡死で見ようか
○式亭三馬
善もせず悪も作らず死る身は地蔵もほめず閻魔しからず
○中山平四郎
酒も飲み浮女も買ひ文も見つ家も興しつ世にうらみなし
○山中源左衛門
わんざくれ踏反べゑか今日計明日は鴉がかツかじるべゑ
○中村歌右衛門
嗚呼名残惜や此の世の別れ道妙法れん華今日のたびだち
○一休和尚
今迄は死なれぬ程に生るなり死なるゝ程に死るなりけり
○手柄岡持
狂歌よむうちは手柄の岡持よ詠まぬ段では日柄の牡丹餅
○檀林皇后
我死なば焼な埋むな野に捨て痩せたる犬の腹をこやせよ
○長田忠敬
ながらへて命ばかりは壱岐守身の終りをば今ぞたまはる
○山崎宗鑑
宗鑑は何処へと人の問あらば些用ありてあの世へといへ
○歌川広重
あづま路へ筆を残して旅の空西のみくにの名所をば見ん
○服部広孝
我はもう終なるべしいざ子供近く寄りませ顔見て死なめ
○十返舎一九
此世をばドリヤお暇に線香のけむりとなりて灰左様なら
○荒木田守武
こしかたも又ゆく末も神路山嶺のまつかぜ嶺のまつかぜ
○相模かしく坊
富士の雪とけて硯の墨ころもかしくは筆の終りなりけり
○紀定丸
狂歌師も今か明かと成にけり紀の定丸もさだめなき世に
○谷文晁
長き世を化けおふせたる古狸尾先きな見せそ山の端の月
○松亭金水
六十路余六歳の今日を命にて浮世の夢はさめはてにけり
○元政上人
深草の元政ぼうず死なれたり我身ながらに哀れなりけり
○志賀理斎
是までは有為の都に長居して今日こそ帰れ無為の古さと
○本因坊算妙
碁なりせば考をも立て生可を死る道には手もなかりけり
○志道軒無一
東よりぬつと生れた月日さへ西へとんとん我もとんとん
○蜷川新左衛門
生れぬる其の暁に死しぬれば今日の夕べはあき風ぞ吹く
○円智坊
落て行く奈落の底を覗き見んいかほど欲のふかき穴ぞと
○大田南畝
時鳥なきつるかた身はつ松魚春となつとのいりあひの鐘
○曲亭馬琴
世の中の役をのがれて元の儘返へすはあとのつちの人形
○歌川豊国
一向に弥陀へ任せし気の安さ只なにごとも南無阿弥陀仏
○中倉忠宣
何やらに忠宣といふ名を付て月よ花よとさわぎけるかな
○多々羅義隆
討つ人も討たるゝ人も諸共に如露亦如電応作如是観
○狂歌堂真顔
味く喰ひ暖かく着てなに不足七十なゝつ南無阿弥陀ぶつ
○地黄坊樽次
南無三宝あまたの樽を呑干て身は空樽にかへるふるさと
上田花月が「奇怪なる俗語」(『吾嬬布里』第五号)として、次の言葉を列挙している。
アンポンタン ヘナチヨコ ベランメイ(ベラボウの転) チヤンコロ オタンチン ガリガリ亡者 オッチョコチヨイ オチョンキ ベツカツコウ ガラツパチ ヒツテン スカンピン ヘツポコ テウサイバウ チヨコサイ オケンツウ オベツカ ボンヤリ チヤラッポコ オベンチヤラ ノツペラボウ アポチンタン デンバウ ボクネンジン チンプンカン ロクゾッパウ ステンキウ ダリムクレ スコタン コンコンチキ ヌッポラボン スッヘペラボン(又ズンベラボウ) モヽンチイ(猪肉) キテレツ(又ケケレツ) ヲリツキ トロッペキ ヘチムクレ(ヘチヤモクレ) トンチキ ミミッチイ ババッチイ ケゲン ヒヨウタクレ ヘンポコライ(又ヘンテコ) アカンベイ ガラクタ ヅブロク ザツクバレン テンヤワンヤ
一部は現在の国語辞典にも載っている。
ジャンヌ・ダルクが、明治七年『和洋合才袋』巻之二で、
如安達克(じやんだるく)
として紹介されているのに驚いた。
オルレアンは、
疴爾良(おるれあんす)
となっている。
「仏蘭西如安達克の話」として「大礒の虎の話」と対照させている。
作者は瓜生政和(梅亭金鵞)。どこから話を仕入れたものか。
活東子『戯作六家撰』(安政三年序)「十返舎一九」の項に、
辞世 此世をばどりやおいとまにせん香とともにつひには灰左様なら
とある。(中央公論社『燕石十種』第二巻所収)
人間はいずれ煙と灰になってしまう。それを踏まえた面白い辞世の歌だ。
今年は食べていないが、昨年夏は「ロカボ麵」というのをよく食べた。「ロカボ」とは何ぞやということは考えもしなかったが、今日、「ローカーボ食」という記述を見て、「ロカボ」は「ローカーボ」の略かと思った。それでは「カーボ」とは何かと調べると、
食・楽・健康協会は、1食で摂取する糖質量を20~40gにするという、適正糖質を提唱しています。ローカーボは、極端な糖質制限も含んでしまう概念ですので、食・楽・健康協会の推奨する適正糖質はそれと区別し、「ロカボ」と呼ぶことにしました。ちなみに、今の一般的な日本人の食生活では、1日に300gくらいの糖質を摂取しています。おにぎり2個と野菜ジュースだけで100gくらいになってしまうのです。
という記述があったので驚いた。「ロカボ」と「ローカーボ」とは違うのだという。
この記述の左側には、
Vegetable Juice + 2 Rice Ball = Carbohydraye about 100g!!
とあるので、「カーボ」とは「カーボハイドレイ(炭水化物)」の略であることがわかった。
国会図書館オンライン検索で「灰」を見ていると、
古詩平灰論の伝承について(市野沢寅雄『東洋研究 』(通号 26)1972)
という論文があった。「平灰論」は、
平仄論
の間違いだろう。また、
漢音・唐音の一問題--灰韻字のuイ韻について(湯沢質幸『国語国文』48(6) 1979)
というのもあった。この「灰韻字」というのも、
仄韻字
の間違いだろう。
これによって、国会図書館は目録作成にあたり、OCRを利用しているらしいこと、OCRの誤認識を訂正できる人材が目録作成を担当していないらしいことがわかる。
明治二十一年の雑誌に、
自由になるなら電話の器械主のからだにしかけたい
という都々逸が載っている。
これから百年ちょっとで、この人の願いは叶えられた。誰もが電話を持ち歩くようになったのである。
『相棒』の杉下右京並の記憶力をもつ男がいた。
深川署によると、東京都江東区内の大型商業施設でレジ打ちを担当。買い物客からクレジットカードを預かった際に氏名やカード番号などを瞬時に暗記し、その情報を使ってインターネット通販で買い物を繰り返していたとされる。谷口容疑者のノートには1300件以上のカード情報がメモされており、関連を調べる。
https://news.livedoor.com/article/detail/17042780/
宝の持ち腐れだ。
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