忍者ブログ
気が向いたら思いついたことを書いてみます
本の地の部分に「Ⓑ」という赤印のついたものを買ったことがある。ウィキペディアの「ゾッキ本」の項に、
ゾッキ本は新本として再流通するのを防ぐために、天または地に色マジックによるゾッキ線、または奥付などに丸に「B」もしくは「済」の字が打たれた「B印」や「済印」を押下することで瑕疵が付けられる。
とあった。何百、何千という本に印を押すのは大変だ。誰がこれをやるのだろうか。赤印をつけたとしても、
天地につけられたインクがあまりしみていない場合は、古書店で販売する際にグラインダーまたは紙やすりを掛けて印をつけた部分を削り、美品として販売することがある。
というふうにしたらわからないし、印を押した人の労苦が水の泡となる。どうしてこのようなシステムがあるのか、不可解。
PR
背中に「戮力同心」と大きく筆文字で書いたTシャツを着た男がいた。「戮力同心」とは初めて見た。調べると、「一致団結」と同じような意味らしい。「一致団結」ではありふれているので、常用漢字でない「戮」を含んだ熟語にしてみたのか。
四字熟語Tシャツというのがあるらしい。
https://www.google.com/search?q=%EF%BC%B4%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%84+%E5%9B%9B%E5%AD%97%E7%86%9F%E8%AA%9E&tbm=isch&source=univ&hl=ja&sa=X&ved=2ahUKEwj5spGApbPkAhVRx4sBHVpPDhIQsAR6BAgHEAE&biw=1342&bih=962
四字熟語ではないが、「忖度Tシャツ」があるかどうか調べたら、あった。
https://www.google.co.jp/search?hl=ja&tbm=isch&source=hp&biw=1342&bih=962&ei=iqZtXbvSKdqYr7wP7NOmkAM&q=%EF%BC%B4%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%84+%E5%BF%96%E5%BA%A6&oq=%EF%BC%B4%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%84+%E5%BF%96%E5%BA%A6&gs_l=img.12..0i8i30.2465.2465..3682...0.0..0.77.77.1......0....2j1..gws-wiz-img.kHiQOUakdtQ&ved=0ahUKEwi7v-aTprPkAhVazIsBHeypCTIQ4dUDCAU
加藤秀俊が、『明治メディア考』(中公文庫)の中で、
西洋の新聞には「オムバドスマン」というのがあります。つまり、記事とか経営方針とか、その他もろもろのことについてのお目付役です。
と言っている。
「オムバドスマン」とは「オンブズマン」のことではないかと思い、ウィキペディアを見ると、
オンブズマン(スウェーデン語: ombudsman [ˈɔm.bʉːdsˌman] 原義は「代理人」、英語発音: [ˈˈɑmbʌdzmən])とは、行政機関を外部から監視し、行政機関による国民の権利・利益の侵害に対する調査及び救済の勧告を図る公職。行政機関を監視する公的オンブズマンを指す。
と書いてある。
私はネイティブの発音を聞いたことがないので、「オムバドスマン」「オンブズマン」のいずれが原音に近いのか、わからない。
加藤秀俊が、『明治メディア考』(中公文庫)の中で、
日本ほど蔵書家のいる国はほかにないのじゃないですか。〈中略〉それだけ裾野の広い読書人口があって、それぞれ買った本を自分の家の本棚に所蔵している。〈中略〉外国の大学の先生の家へ行ってみたって、本はきわめて少ない。そのかわり、本は図書館のものを使うものだという観念になっているんですね。つまり、日本人は書物に対する所有欲が格段に高い国民なんじゃないのかな。
と言っている。
これも昔の話になるのではないか。出版社の倒産が続き、漫画は売れるものの書籍はあまり売れない。売れてもデジタル版だ。そのうち古書店の廃業が続くのではないか。
キューピッドと天使(エンジェル)との違いがよくわからないが、明治初期の錦絵新聞(新聞錦絵)のタイトル横に描かれることが多い。
東京大学大学院情報学環・学際情報学府図書室には、明治七年七月発行の「東京日々新聞」第一号の錦絵新聞があり、タイトルには両側にエンジェル(キューピッド)が描かれている。
http://www.lib.iii.u-tokyo.ac.jp/collection/ono_sn/22.html#N003
全部を見たわけではないが、東京日日の新聞錦絵タイトルは、このスタイルを踏襲しているようだ。
この東日新聞錦絵のタイトル横に描かれた天使は背中に翼を有し、少年なので、キューピッドだとするならば、既に明治七年の段階で描かれていたことになる。ただし、弓矢は持っていない。
弓矢を持ったキューピッドは、もう少し後になるかもしれない。
山口昌男『内田魯庵山脈』(晶文社)329ページに、
三田平凡寺は、〈中略〉芝車町の七番地に明治九年七月十日に誕生した。〈中略〉明治二十九年の春、父が死んだ。その頃、隣に鶯亭金升と名乗る戯作者が移ってきた。
とある。
しかし、金升が芝区高輪車町八十二番地二号に転居したのは、明治三十六年十二月三十日である。「その頃」というには離れすぎている。金升は、明治二十七年十二月三十日から明治三十三年一月三十日までは、京橋区元数寄屋町二丁目十一番地に住んでた。
某駐車場前の歩道で鼠が口を開いて死んでいた。轢死か薬殺か。明治時代なら第一発見者が喜んで交番に届けるのだろうが、今はどう処理されるのだろう。気の利いた人がドブ板を上げて、溝に放り込むぐらいか。昭和期の随筆で、道路に猫か犬の死骸があって、車に轢かれ続け、スルメのようにペチャンコになり、そのうち姿形もなくなった、といのを読んだことがあるが、今はそんなことはないだろう。平成期、某焼鳥屋の周囲を大きな鼠が徘徊しているのを見たことがあるが、令和に至って鼠を見るとは思わなかった。
沼波瓊音『大疑の前』に、「訳」として、
「ひきつくろひて」女の許へ手紙を書く、と云言源氏に多く見ゆ。これを現代語に訳せむとするに、「気取つて」にては厭味の態度に思はれ、「心を籠めて」にては形を美しくする方の意が無く、「改まりて」にては艶気が映らず、よき適当の現代語無きに窮せり。外国文を訳する人、斯る事多く遭遇することなるべし。
とある。
今、源氏は措いておいて、『蜻蛉日記』に、
歎きつつひとり寝る夜のあくる間はいかに久しきものとかは知ると、例よりはひきつくろひて書きて、移ろひたる菊に挿したり。
とあるが、この「例よりはひきつくろひて」をどう訳すか。瓊音の例示によって「いつもより気取って」「いつもより心を籠めて」「いつもより改まって」としても、ピッタリこない。現代語訳は難しい。
梅田の古本屋を紹介するページがあった。
http://nekokiti.sakura.ne.jp/magazine/bookmap2f.html
第1ビルが全てを象徴している。
大阪駅前第1ビル1階の南側、高尾書店、植村書店、浪速書林、土田書店の4軒の店が並んでいましたが、 植村書店は2002年7月に、土田書店は2003年7月に閉店しました。また浪速書林は店頭販売をやめ通販専門になってます。そして最後に残った高尾書店も2006年4月に閉店し、ついに店頭営業する店が全てなくなっています。
若い頃は、高尾書店に時々行った。第3ビルの杉本梁江堂にも時々行ったが、2007年に南森町に移転したとのこと。ネットで古書買いをするようになってから、古本屋に足を運ぶことがなくなった。
山口昌男は『内田魯庵山脈』39頁に、
『我楽多珍報』以来の採算を度外視して雑誌を発行するという病は、明治二十三年一月、同好の士と雑誌『しののめ』を発刊するという形で再燃した。更に二十六年春『今模様』を出している。『本道楽』『珍報』までは追いかけることができたが、これらの雑誌はどこを探せば出てくるのか推定することが不可能である。
と書いている。
しかし、明治の新聞雑誌なら、東大明治新聞雑誌文庫を探すのが第一だろう。今はネットで簡単に調べられるが、山口の執筆当時既に『東天紅』なる目録があった。『しののめ』『今模様』ともに東大明治新聞雑誌文庫にある。因みに『しのゝめ』第1号は、明治二十三年ではなく、明治二十二年十二月二十日発行である。
「灰」をテーマにした俳文はないかと見たが、『風俗文選』『鶉衣』には見当たらない。
子供の頃は、花咲爺の話があり、自宅の火鉢・炬燵にも灰があった。七輪からも灰が出た。テレビの時代劇では「灰神楽三太郎」という人物が登場した。煙草をやめてから、「灰」にお目にかからない。
江戸時代の随筆類や明治期の雑誌を探せば、「灰」の考証・戯文があるかもしれない。
荷風に「出版惣まくり」という文章がある。「出版」ではなく「出版」と書いた所に荷風の意図がある。登場するのは、
春陽堂・博文館・金港堂・新声社(新潮社)・冨山房・三省堂・籾山書店・中央公論社・岩波書店・新生社・鎌倉文庫・河出書房
「政治家」を馬鹿にする時、「政治屋」と言ったりする。「八百屋」は「青果商」となった。今、「○○屋」を標榜する店は少ないのではないか。しかし、「○○不動産」とあっても、私はどうしても「不動産屋」と言ってしまう。
Google Mapで麻布を見ると、麻布十番の所に紫の太い点線がたくさんついていて、
麻布十番納涼まつり・今日
と書いてある。しかし、この文字をクリックしても地元の祭情報ページには飛ばない。昨日今日祭があるということしかわからない。
全く同じ昨日今日、「寺内まつり in 緑地公園駅北側駐車場 寺内夏物語」がある。Google Mapで緑地公園を見ても、麻布のような表示は出ていない。麻布十番商店街はGoogleに広告料を払っているのだろうか。
夜まで仕事をすることを「よなべ」と言った。「よなべ」の「なべ」とは何か。『日本国語大辞典』を見てもわからない。
日置昌一『ことばの事典』には、「夜なべの語源」として、
その語源について民谷仲宣が享和元年にあらわした東牖子には「夜なべといふは長夜のころ奴僕をして昼の残務をなさしめ、諸工人はその諸工を勤む、深更におよぶときは鍋をもって物を煮て食ふ、依て夜鍋といふと年浪草に出せり、はなはだ鑿説(うがった説〈菊池注=『日本国語大辞典』には「内容がとぼしく、真実性のうすい説」とある〉)なるべし、夜なべは夜延(よのべ)の転ぜしなり、昼を夜へ延て短晷を補ふゆゑ、夜延なるべし」とある。
とある。夜だけの仕事は「よなべ」とは言わない。暑い時(日が長い時)には「よなべ」はしなかった。
家庭から出る粗大ゴミの回収で、インターネットを利用した申し込みを受け付ける自治体が増えている。スマートフォンやタブレット端末の普及で、24時間手軽に申し込めるメリットを生かしており、スマホ1台で申し込みから手数料の支払いまで「ワンストップ」で完結するサービスも登場。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190824-00000500-san-life
政令都市20のうち、16市では粗大ゴミのネット受付をしているという。普通の市にも広がってほしい。
この4月に初めて行った病院はネット予約ができた。
旧暦も馬鹿にしたものではない。8月8日の「立秋」で殺人的な暑さがややマシになり、23日の「処暑」でかなり楽になった。これからが本当の「残んの暑さ」だ。我が部屋の温度計は30度を下回らないが、外へ出ればだいぶ涼しい。来年のオリンピック土用(大暑)までは生き延びられそうだ。
『日本国語大辞典』の「さんずい」の項を見ると、
①漢字の部首の一つ。
②酒をいう。
③汚職をいう、警察の隠語。
とある。酒の好きな人々は「酒」を省略して「さんずい」と言い、警察(検察も?)は特捜体制となる「汚職」を「さんずい」と言う。
明治時代の投書家連は「没書(不採用)」となることを「さんずい」と言った。『親釜集』第十三号に、
無余義(よぎなき)次第とは言ながら三水に致す事全く以て記者も心に快よからず
とある。『日本国語大辞典』は、ここまで調べていないようだ。
『濡花誌』第二編に「雷江たのみ状」という戯文が載っている。
夕雨(ゆうだち)の節不相替御鳴被下常住奉線香候光れば御子息様御事昨日初而御転付(ごろつき)被成候処折節雲切れ有之御落雷被成候由奉怕(びつくり)候此上とも臍外は格別我宅江は御雷光被下間敷桑原桑原御頼申上候依之節分の豆壱袋臍焼一串指上候聊呪の験迄に御座候恐光頓首
子供の頃は、雷が鳴ると蚊帳の中に入り、節分の時の豆を持ち出して食べたものだ。この文章によれば、雷除けに線香を立てたようだが、うちではしなかった。
岡野他家夫『書国畸人伝』(桃源社。昭和三十七年)には、外骨・竹山人・荷風等と並んで、
校正の神様神代種亮
の一章がある。
芥川龍之介・坪内逍遙・永井荷風・佐藤春夫・姉崎正治・有島武郎・谷崎潤一郎などは、自作自著の校正を神代に委嘱したという。
今日は、尾佐竹猛『新聞薈叢』(岩波書店。昭和九年)の末尾に、神代の「校訂につきて」という文章のあるのが目に入った。校正のみならず校訂も行なっていたようである。以下、引用。
  校訂につきて
一原本の忠実なる覆刻たらんことを期し、現代活版印刷術の及ぶ限りを尽さんことに努めたり。
一校訂及び校正に当りては、濫りに私意を加へずと雖も、仮名の一種としての漢字は之を改めたり。例へば「者(は)」「而(て)」「與(と)」の如し。又仮名の異体なるものも通行体に改めたり。
一筆写本にありては片仮名と平仮名との混用を妨げずと雖も、之を活字に現はすことは体裁の乱雑を来すを以て、特殊なる用例を除きては平仮名に統一したり。又仮名を右側に小さく旁書せるものも改めたり。
一同一文中に在りて敬意を表はす為の語頭の空白、行改め等の一致せざるものは体裁上之を統一したり。
一引用文は之を更に原文に対照して校訂すること必ずしも不必要ならざるも、誤写のまゝにて読解されたるものなれば、今敢て加筆せず。
一人名地名等の用字の区々なるものあれども、之が考証を加へず。例へば福岡県大里の「内裏」「内裡」「大理」等とあるが如し。
一用字語格送仮名句読等につきては厳に原本に随ひたりと雖も、同一文中にありて甚だしく区々なるものは一見誤植なるかの虞を懐かしめ、又一々之を旁証すること煩に過ぐるを以て適当に統一したり。例へば「儀」と「義」との混用の如し。
一原本には当時の慣例として弖爾遠波を省略せる箇所甚だ多し。
一題目に大活字を用ゐたる直前の「○」符は原本に於て紙改めなることを示し、其他に在りては原本に随ひたるものと、前後の区別を明瞭ならしむる為に加へたるものとあり。
一原本に朱書せるものは上下に「〔〕」を施して区別したり。又「()」符にて「マヽ」「不明」「カ」等と旁書せるもの以外の小文字は原本に存するものなり。
一原本は年月を逐ひて輯録したるものなるを以て、年代的索引として詳細なる目次を編して巻首に置き、以て事項索引に代へたり。
一原稿は昭和六年十二月に手入れを了りたれども、事情に依りて原稿が印刷所へ廻附されるまでに一個年に近き日子を空費し、之が為に校訂者の作業予定にも支障を生じ、遂に故下出隼吉氏一周忌までに完成するを得ざりしのみならず、事半ばにして明治文化研究会の柱石たりし吉野作造博士の易簀に遭ひしは甚だ遺憾とするところなり。謹みて之を謝す。
    昭和八年十二月      神代種亮記
「霧積」が出て来るドラマというのは、『人間の証明』だった。
ニューヨークで、
「どこへ行くの?」と聞かれて、ジョニーは
KISS ME
と答える。これが「霧積」のことなのだった。
40年以上前一度だけ見た映画だが、ほとんど覚えていなかった。
明治二十一年、『親釜集』に投稿したもののボツになった原稿を供養しようと、
本所区荒井町十一番地天台宗清光寺
に親釜塚を設置した。
本所区荒井町は現在の
墨田区本所一・二丁目、東駒形一・二丁目
に相当するという。
清光寺で検索すると、
台東区西浅草1丁目7−19(浄土宗)
江戸川区東葛西3丁目3−16(浄土宗)
はあるが、区も宗派も違う。寺が宗旨を変えたり移転したりすることはあるが、これらの寺は明治以降移転していないようだ。
すなわち、親釜塚は、塚が消滅したのみならず、本所にあった寺自体が消滅してしまったのだ。
世は無常。
明治の文献を見ていると「霧積」という地名が出て来る。ウィキペディアを見ると、
温泉街はない。温泉旅館一軒のみ営業。
明治時代初期には温泉旅館が季節営業を始め、軽井沢が別荘地として開かれる以前から別荘が建てられるなど、避暑地として知られるようになった。
しかし1910年(明治43年)に山津波が発生し、4軒あった温泉旅館、50~60軒あった別荘が流され、温泉街・別荘は壊滅。金湯館のみが被害を免れ、営業を続けた。避暑地としても終焉を迎え、山奥の秘湯という風情の現在の姿になった。1971年姉妹館「きりづみ館」誕生。2012年(平成24年)4月、きりずみ館が閉館し、以後は金湯館のみの営業となっている。
とある。
ドラマでも見たことがあるような気もする。
霧積温泉の現在の住所は、
安中市松井田町坂本
であるという。地図を見ていて驚いたのは、信越本線が松井田町の横川駅で終わっていること。詳しくはウィキペディア参照。
45年ほど前、研修で「万場高校から来ました」という先生と一緒になったことがある。「万場って知ってますか」と言うので、「知ってます。温泉・スキー場ですね」と言うと、「それは万座。こっちは万場です」と言った。調べると、群馬県多野郡神流町大字生利にある。松井田の南の下仁田の東南、群馬県の南端だ。万座は草津の先だから、位置的にもだいぶ離れている。
「だんつく」「どんつく」は辞書にあるが、「どろつく」を載せている辞書は見当たらない。「だんつく」は「旦那」を軽蔑し、「どろつく」は「泥棒」を馬鹿にした言葉だ。
ところが、この軽蔑語の「つく」を見出しに挙げている辞書も見当たらない。
「ダンツク」「デンツク」「ドンツク」「ドロツク」は太鼓の擬音語でもある。「ドロツクドン」「ドロツクドロツクスッテンテン」「ドロツクドロツクスットントン」などという。
イルクーツク・オホーツク・ドネツク・ヤクーツクなど、ロシアの地名に「ツク」が多いのはどういうことか。馬鹿にしているわけではない。ロシア語を勉強すればわかるのだろうか。
笹の家主人こと村松恒一郎は『吾妻ゑびす』はしがきで、
凡そ著述するに、五ツの富を得されは、雄編はなしかたきとかや、一に学才に富み、二に蔵書に富み、三ツに記臆に富み、四ツに青年に富み、五ツに閑静に富み
と書いている。典拠があるのか、この人の思い付きか。
PC-8001が1979年発売以来40年になるという。当時、かなりの頻度で新聞一面広告が出た。しかし、これはゲーム機だった。
1982年10月、PC-9801が発売されたらしいが、私は知らなかった。この頃、新聞広告で「文作」というワープロの発表会があるのを知り、実物を見、ソートが簡単にできるのを確認した。
数年後、大学で「文作」を導入した。しかし、そのうちPC-9801が話題になっているのを知り、PC-9801VXに乗り換えた。5インチフロッピー駆動、ハードディスクなしで40万円。昭和末期だ。今から考えるとオモチャのようなものだが、以来30年、この間のハード・ソフトの進歩はすさまじかった。現在のパソコンは、片腕・片脳以上の存在となっている。
[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10]
カレンダー
09 2019/10 11
S M T W T F S
19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
カテゴリー
フリーエリア
最新コメント
最新記事
(10/18)
(10/17)
(10/17)
(10/17)
(10/16)
(10/16)
(10/16)
(10/15)
(10/14)
(10/14)
最新トラックバック
プロフィール
HN:
gwaikotsu
性別:
非公開
バーコード
ブログ内検索
忍者ブログ / [PR]
/ Template by Z.Zone