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気が向いたら思いついたことを書いてみます
今日の「ラジなん」で、久米宏が相方のことを「堀井由紀」と言って叱られた。「堀井美香」と「長峰由紀」がごっちゃになっている。御齢73、ボケかかっているか。
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今朝の文化放送で「長い最中がある」と言っていた人がいた。
調べると、「里仙」という店の「六彩味最中」らしい。
長さが幅の三倍。柚子あん・杏子あん・レモンあん・つぶあん・抹茶あん・桜あんの六種類。
6個入り1,836円。一つ300円以上だ。高い。
http://risen.jp/monaka/index.html
今朝の夢は、たくさんの人と一緒だった。研究施設やらホテルやらがあった。どこかへみんなで見学に行った。ホテルに戻ると、照ノ富士が体より大きなコントラバスを抱えている。「そんなものホテルで弾いて、隣の部屋の人から苦情が出ないんですか」と聞くと「大丈夫」と言う。
マクドナルドの幟に「ヘーホンホヘホハイ」とあった。
? ? ? ? ?
どこかの国の言葉を借用したのか、それとも新造語か。造語だとしたら、あまりセンスがよくないな、と思った。
調べると、「ヘーホンホヘホハイ」とは「ベーコンポテトパイ」のことで、口にした時に熱くてハフハフする感じを現わしたものという。
上記ページには、
なお注文時は「ベーコンポテトパイ」で頼める。
とあるが、「ヘーホンホヘホハイ」と言って注文する人がいるのだろうか。
懐かしい言葉を見た。
今朝の「産経抄」。
「むちゃくちゃでごじゃりまするがな」。テレビ黎明(れいめい)期に一世を風靡(ふうび)した漫才師、花菱アチャコさんのセリフが頭に浮かんだ。衆院解散と同時に民進党も事実上解散し、小池百合子東京都知事が代表を務める新党「希望の党」へと雪崩を打ったドタバタ劇は、テンポのよい掛け合い漫才のようでもある。
と始まっている。
これを書いた記者は何歳なのだろう。定年を迎え、再雇用されて産経抄を書いているのだろうか。アチャコを映画・テレビで見たのは、私らの世代が最後ではないかと思うのだが。因みに「ごじゃりまするがな」は大げさ。「むちゃくちゃでござりまするがな」か「むちゃくちゃでござりまするわ」か「むちゃくちゃでござります」。
YouTubeでアチャコを検索すると色々出てくるが、
花菱アチャコの「無茶苦茶でござりまする」と仲間由紀恵バージョン
https://www.youtube.com/watch?v=uaPEtKFcP2c
は、映画の一シーン。ご丁寧に字幕をつけてくれているが、これがあまりよい出来ではない。
アチャコが「このあじゃらかもくれん」と言っているのに、字幕は「このアイダの木蓮(?)!」となっている。この人はあまり落語を聴いていないようだ。この後に仲間由紀恵が出てくるが「むちゃくちゃでごじゃります」と言っている。産経抄の筆者はこれに影響されたか。

お笑いギャグ・フレーズ全集
http://home.att.ne.jp/surf/laura/owarai/gag/ma.htm#top
というのもあった。
昼にカボチャ、夜はフキを食べた。共に子供の時の味と全く違う。味覚が衰えたことがあるのかもしれないが、それ以上に、野菜が「野性味」を失っていると思う。子供の頃、母親がカボチャ大好きでよく食べさせられたが、カボチャの個性的な味には閉口した。それが今日のカボチャは死骸のように自己主張が全くなかった。フキも昔はエグイ感じで好きになれなかったが、今日のは単なる食物繊維の束でしかなかった。果物もやたらと甘くなっている。糖度が高いということは、人間で言えば血糖値が高いようなもので、病的なのではなかろうか。
今朝の文化放送、6時台の孫崎享は、「名を捨てて実を取る」作戦の前原誠司を痛烈に批判した。7時台の上杉隆は前原誠司を賞賛した。どちらが歴史的評価になるかは、選挙結果次第。9時台の伊藤惇夫は「自民対希望」の構図が明確になれば面白い勝負になる、小池百合子が出馬する可能性は28日朝の時点で52%と言った。
今朝の『朝日新聞』の広告は感動的だった。
工藤進英『逆境の中で咲く花は美しい』
見出しなどを多々並べているが、名言揃い。
著者は医師だが、研究に理系も文系もないのだと思わされた。
一番を競うより誰もやっていないことをやる喜びのほうが大きい
一心不乱に走っていればチャンスは後ろからではなく正面からやってくる
好奇心に年齢制限はない自分がやりたいことをやろうとすればさらなる好奇心が生まれる
錆び付く人生より、擦り切れる人生のほうがいい

クロネコヤマトは10月1日から宅急便を値上げするとしているが、
http://www.kuronekoyamato.co.jp/ytc/ad/1001/
9月21日、既に値上げになっていた。10キロ超の荷物が、今まで1088円だったが、1304円になった。216円の値上げだ。7イレブンのシステムは繰上値上げなのだろうか。
昨日午後四時前、消防車3台が出動してきた。「火事ではありません」と言っている。しばらくして救急車。近くのアパートの2階に梯子をかけて入って行った。ストレッチャーも運ばれた。急病か自殺なら、消防車は必要ないだろう。余りにも大げさだ。ニュースにもなっていない。
二代目広沢虎造にしびれて、虎造以外は浪曲でないと思うようになった。
ある時、メールで質問があった。「清水次郎長伝」のある回の話が途切れていて、次の話と続かないという。CDを聞いてみると、確かにそのとおり。恐らく差別的言辞が並んでいてカットされたものだろう。古いレコードなどを発掘すれば、わかるのかもしれない。虎造の声はYouTubeで聞くことができる。
呼出といえば小鉄だ。全観衆・全視聴者・全聴取者が息をひそめて耳を傾けた。ああいう美声の呼出が今後現われるだろうか。YouTubeを見たが、音声はネットに上がっていないようだ。
人形劇「サンダーバード」で携帯電話を使っていた、という人がいる。私は「無線機ではないか」と反論した。
調べると、NHKで放送されたのは1966年から。ウィキの「携帯電話」には、
1960年代になると、両手で持ちながら会話できる程度まで小さくすることが可能となったが、短時間の通話でも疲れてしまうほどに重かった。1970年代になると頑張れば片手で持てる程度の大きさまで小型化した。
とある。やはり、トランシーバーだろう。
魚河岸の、移転問題、波が立ち
魚河岸の、移転に臭い、わけがあり
魚問屋、コケにするとて、怒り立ち
これらの狂句は豊洲移転問題を詠んだものではない。明治35年6月18日刊、鶯亭金升『狂句の栞』に載っている。
調べると、
日本橋魚市場は1889(明治22)年に東京府令第37号により移転が決定したが、移転しないまま35年が経過した。本意見書は移転が実現しない理由として、移転先指定地の「日本橋区中洲町5万坪」が市場立地として問題があること、市場開設費や移転費を全額事業者負担としたこと等を挙げる。そして新たな移転先候補地として、「芝離宮沖埋立地」を提言している。
この意見書とは、「東京市中央卸売市場位置選定に関する意見」東京市政調査会編、1924(大正13年)。
http://timr.or.jp/news/91a5a64422d7a66917d9b7ef9357bb288bdb8fa6.pdf
昭和になって、やっと日本橋から築地に移転したらしい。
100年経っても、人間の知恵はあまり進歩しないようだ。
濱田研吾『脇役本』を買った。懐かしい俳優の顔写真が並んでいる。女性は七人。
浪花千栄子・浦辺粂子・細川ちか子・木暮実千代・若水ヤエ子・高橋豊子・志賀暁子
浦辺粂子は特に懐かしい。本文を見ると「若いころから老け役ばかりの浦辺粂子(一九〇二~八九)」としかない。脇役本でもまともに扱われていない。
若い頃は芸名をいろいろ変え、大正十二年に「浦辺粂子」となった。22歳。戦後、四十代から老け役になったようだ。
某古書店の宛名ラベルの片隅に
差出人・環付先
とあった。
どういうパソコンを使うとこんな字が出るのだろう。
別の古書店のラベルには
差出人・返還先
とある。
税金の還付とは言うが、郵便物の還付というのは聞いたことがない。
桂米朝が正岡容に初めて会ったのは大塚鈴本の近くだという。偶然「花園歌子 正岡容」という表札を見かけた。昭和18年5月。
先の本には、戦前の大塚は池袋よりも繁華な所だったとある。信じがたいが、都電の車庫があったからターミナルでもあった。昭和43年は完全にくすぶった街だった。私は都電車庫の隣に下宿していた。朝起きると、ギーギーと電車の動き出す音がした。
渡邉武男『「大塚鈴本」は燃えていた』を図書館でざっと見た。
大塚鈴本は昭和20年4月13日の空襲で燃え、昭和22年仮設(天井なし)で再開、昭和29年「大塚鈴本劇場」として再出発したという。しかし昭和62年6月1日閉館。私が大塚にいたのは昭和43年。大衆演劇小屋入口横の覗き窓から見たのは、恐らく大塚鈴本だろう。
梅沢富美男が、大塚で芝居をやっていたと言う。銭湯から出て来る芸者の腰つきを電柱の蔭で観察し、交番につれていかれたとも言う。この本にも「梅沢劇団も出演」と書いてある。駅前か銭湯ですれ違っていたかもしれない。
今朝、汽車とも電車ともつかぬ鉄道旅の夢を見た。
ドアが閉まったので、最後尾の車掌がいる所のドアから乗り込んだ。車掌は前に進んでいて、私に気付かなかった。最後尾の車掌用の車両に座っていると、車掌が怪しんで近づいてきた。切符を見せると、「キスエ(木末?)から先へ行くのね」と言った。列車が海岸線に出て、光る海と白い雲が見えた。ところが目的駅を通り過ぎてしまう。急行だったのか。次の駅で降りて、どうやって戻ろうか、と考えている所で目が覚めた。
「木末」という鉄道駅はないようだ。天草に木末(こぬれ)という地名があるが、バスしか通っていない。
駅で時刻表を見てあれこれ考えたり、どの列車に乗るか、どう乗り換えるか、行ったことのない土地へ行ってどう動き回るか。そのような夢を時々見る。
文化放送小尾アナ、今朝のマスターズインタビューで、
経営者しょしての、経営者としての
と言い直した。
文化放送小尾アナ、今朝7時のニュースで
全米、全米オープン予選
はさ、破産手続き
と言った。
その後には、
トイソル、トイソルジャー
と言った。
こういうツッカエ・イイカエが毎日のように続く。
文化放送小尾アナ、今朝7時半前、
えふえむぶんか、えふえむ916
と言い直した。毎日言っていることをどうして間違えるのか。
アマゾンで257円の本を買った。送料無料。ということは、今までの1円本(+送料257円)よりも安い。送料を引けば零円。
「日本の古本屋」サイトもアマゾンの影響を受けたのか、388頁の本が230円だった。ただし送料がプラスとなる。
湯浅芳子が「ピンセットのようなもの」と書き、私が「音叉の細長いようなもの」と書いたのは、「ヒビキガネ」と言うようだ。
全国理容生活衛生同業組合連合会のホームページに、次の記事があった。写真もあるが、ピンセットと音叉の中間のような感じだ。
http://www.riyo.or.jp/zenriren/spot/column54.html
まぼろしの道具「ヒビキガネ」を復刻
早川幹夫さん(新潟県)

 華僑理容師が得意としていたという、まぼろしの耳かき道具「ヒビキガネ」。音叉に似た形状のこの道具を耳の皮膚に触れた耳かきに添えると振動が伝わり、えも言われぬ快感だったとか。
 大正末期から昭和初期にかけては、華僑理容師が「耳かき職人」として多く活躍していたことからよく見られたが、日中戦争の開戦とともに華僑の職人が減少し、ヒビキガネも姿を消していった。今では一部のマニアや、ヒビキガネの味を堪能したことのあるお年寄りからまぼろしの道具とされているという。
 そのヒビキガネを現代に復活させたのが、新潟県新潟市の早川幹夫さん。新潟県組合の理事長でもある早川さんは、埋もれている理容技術の掘り起こしという意味も含めて、理容ミュージアム(東京都渋谷区)に残るヒビキガネを研究し、鍛冶技術で知られる新潟県三条市の鍛冶職人もお手上げだったという復刻を約1年半の期間をかけて成功させた。
「分析したところ、その振動から、科学的に解明されていない癒しの周波数“1/fゆらぎ”が出ていることが分りました。現代の金属加工技術をもってしても、その再現が難しく大変苦労しましたが、なんとか復刻できました。当時の鍛冶職人の技術には驚かされますね」と、製作時のエピソードを語る早川さん。
 職人も「もう二度とやらない」と言っていることから、製作した500本もまぼろしの500本になるでしょう、と笑顔を見せる。
 その500本は㈱光文堂(℡0823-87-3176)でヒビキガネ「天母」(のぼり、スコープとセットで29,800円)として販売されている(東北地区限定)。
文化放送・小尾アナ、今日7:30のニュースで、
アルバイトのタイケンカン
と言ったまま、訂正しなかった。「体験会」の間違い。
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