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気が向いたら思いついたことを書いてみます
田岡嶺雲『和訳淮南子』(明治四十四年)には、
柳下恵、飴を見て曰く、「以て老を養ふ可し」と。盗跖、飴を見て曰く、「以て牡(門戸の籥牡)に黏す可し」と。物を見ることは同じくして、之を用ふることは異なり。
とあった。
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『淮南子』に、
柳下恵見飴曰「可以養老」。盗跖見飴曰「可以黏牡」。見物同而用之異。
とある。註に、「牡」は「門戸籥牡」、鍵、鍵穴のこととある。「黏」は「粘」である。
飴は飴玉ではなく、水飴だろう。水飴を鍵穴に流し込むと、錠を開けることができるのだろうか。専門家に聞いてみないと解らない。そもそも中国古代の錠前がどのようなものなのか、全然知らない。
錠を開けやすくするため、556を注したことがあったが、ネットを見ると「キースムーサー」のほうがいいということで、556はやめた。
「お前とならばどこまでも」という歌を聞いたことがある。
『小唄の衢』に天保三年流行「はねだ節」があり、
お前とならば何処までも、山奥の、さいかちばらの中までも、こちやさいかちばらの中までも、コチヤカマヤセヌコチヤエイコチヤエイ。
となっている。
西沢爽『近代歌謡史』によると、大正四年『何処いとやせぬ節』に、
お前とならば何処までも 箱根山 白糸滝の中までも 何処いとやせぬ、かまやせぬ(もと歌)
とあり、大正九年『さのさ節』に、
お前とならば何処までも惚れた弱味で二世かけて人の意見も上の空、気がつきや互が見え透いてツクヅクお前が厭になる、厭になる
とある。
恐らく、天保以前、民謡に「お前とならばどこまでも」という文句があったのではなかろうか。
ネットに、
美少女が薬物キメるアニメや漫画
という表現があった。この「キメる」という言葉はさほど新しいものではないだろう。しかし、『広辞苑』や『明鏡国語辞典』を見ても、この例に当てはまる語釈は載っていない。『日本国語大辞典』に、
④飲食する。
とあるのが、「これかな」と思える程度。
ネットを見ると、『デジタル大辞泉』に、
11 飲んだり食べたりする。飲食する。また、違法な薬物などを摂取する。
とあるので納得できた。
紙版の『大辞泉』は見ていないが、これはデジタルならではの対応力ではなかろうか。ただし、江戸時代の用例しか挙がっていないのはイケナイ。然るべき例文を出典付きで載せるべきだ。
言葉は流動的だ。最近は違法薬物でなく、栄養ドリンクやサプリを過剰摂取することにも使われているらしい。「ニコニコ大百科」にあるので驚いた。
キメるとは、元気の出る栄養飲料又はサプリメントを摂取又は過剰摂取することである。
概要
「キメる」とは、源流の意味ではハイになるために違法なドラッグを摂取する事を指す言葉であったが
徐々に一般的なものにも適用され現在に至る。
一般化の過程
覚醒剤をキメる→抗鬱剤をキメる→リポビタンDをキメる
よって現在においてはキメる対象は決してやましいものではないが、キメ過ぎると体に良くない点は変りない。
前日の寝不足だった場合居眠りせずに仕事をやり切るにはリポビタンDを2本キメるのが良いとされているが
健康上好ましくない事は言うまでもない。
(※注意書きには、リポビタンDは15歳以上1日1本までと記載されている。)
「きめる」というのは、薬物を摂取するだけでなく、高揚感を味わうとか、気力体力を充実させるとか、摂取後の効果をも含めてのことではないかと思うのだが、どうだろうか。
京浜東北根岸線で人身事故 運転再開
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191105-00000012-rescuenow-soci
という記事があったので驚いた。京浜東北線の他に京浜東北根岸線ができたのだろうか。
ウィキペディアを見ると、
運行形態は横浜駅 - 磯子駅 - 大船駅間の根岸線と一体であり、合わせて京浜東北・根岸線と呼ばれる場合もある。
とあるので安心した。
お前百までわしゃ九十九まで
という言い回しは有名だが、これはいつ頃できたものだろうか。
岩波文庫『山家鳥虫歌』に、
こなた百までわしゃ九十九まで髪に白髪の生ゆるまで
とあるから、明和八(1771)年以前に歌われていたことは明らかだ。
百・九十九は、江戸時代人にとっては夢のようなものだったろうが、今では九十、百を超える人が何十万人、何万人といる。
私の人生は、最初の33年を学習に費やし、次の33年を仕事に費やしたので、最後の33年を研究に使おうと思っている。最後の33年も4年経過してしまった。残り29年。あと何年生きることやら。
一人称謙遜語として「拙(せつ)」という言葉がある。今では落語でしか聞けないか。
『日本国語大辞典』は、
男性が自分をへりくだっていう語。近世の遊里などで、きどった表現として用いられた。
として『七偏人』の例を挙げる。
『広辞苑』は、
自分のことをへりくだっていう語。近世、幇間などが好んで用いた。
として『七偏人』の例を挙げる。
『七偏人』二編には、「拙も遅参に及んでは、其罪また軽からずス」とある。この場所設定は法恩寺橋通りである。現在の東京都墨田区石原4丁目、JR錦糸町駅の北西部。当然遊廓ではなく、語り手も一般人である。これは「きどった謙遜語」。
『粋の天狗』(明治二十七年)には、
ぜつひお供の仰せを拙へそして紙入お預り
という都々逸が載っているが、これは幇間である。
したがって、「拙」の説明としては、
男性が自分をへりくだっていう語。近世から明治にかけ、遊廓で幇間などが用いた。一般人も気取った表現として使うことがあった。
とでもすべきであろう。
今は「目線」などというが、私が初めて他人の視線を感じたのは、幼稚園の時だ。出入り口近くで絵を描いていたが、入口のガラス部分から覗かれているような気がした。振り向きはしなかった。30年以上前、梅田の紀伊國屋書店で、棚から本を抜いてレジへ持って行こうとすると、後ろからついてくるような気配を感じた。これも振り向くことはなかった。防犯カメラなどない時代だ。巡回監視員を雇っていたのだろう。
私は鈍感な方なので、あまり視線を感じることはないが、ガラス越しに見ていた人がこちらを見返したということもあった。ガラスを隔てていても感じてしまう。これについて科学者は研究しているのだろうか。「視線の研究」などないだろうと思ったら、ネットを見るとたくさんあるようなので驚いた。
「パソコンがない時代、どうやって仕事したの?」が大反響 郷愁にかられるアナログ世代
https://www.excite.co.jp/news/article/Jcast_kaisha_371426/
というページがあった。
パソコンがない時代 の前に、
複写機がない時代  があった。
私は一般会社や官公庁に就職したことがないので事情を全く知らないが、
三島由紀夫は、1947年(昭和22年)大蔵省に入ったが清書ばかりやらされたという。複写機の代わりだ。
青木徳一郎は、明治時代に日本銀行に就職したが、初めは清書係であった。字がまずいということで書き直しを命じられたという。これも複写機の代わりだ。
井口容疑者は1日午後に浦和西署内で緊急逮捕、田村容疑者は2日に蕨署内で通常逮捕した。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191103-00000247-sph-soci
という記事があった。
緊急逮捕と通常逮捕とはどう違うのか。
「違いがわかる事典」によると、
https://chigai-allguide.com/%E9%80%9A%E5%B8%B8%E9%80%AE%E6%8D%95%E3%81%A8%E7%B7%8A%E6%80%A5%E9%80%AE%E6%8D%95%E3%81%A8%E7%8F%BE%E8%A1%8C%E7%8A%AF%E9%80%AE%E6%8D%95/
通常逮捕は逮捕状を用意して逮捕するもの。
緊急逮捕は逮捕状ナシで逮捕するもの。
とのこと。
NHK NEWS WEB
https://www3.nhk.or.jp/news/?utm_int=all_header_logo_news
の中には、
NEWS WEB EASY
https://www3.nhk.or.jp/news/easy/
というのがあって、全部振り仮名付き。子どもでも読める。
2020年度の大学入学試験 英語の民間試験は使わない
https://www3.nhk.or.jp/news/easy/k10012160001000/k10012160001000.html
の記事中、
萩生田文部科学大臣

はぎうだもんぶかがくだいじん
とルビが振ってあるのが気になった。
萩生田

HAGIUDA
と発音する人はいないだろう。
HAGYUUDA
と言うのだから、振り仮名は、
はぎゅうだ
とすべきだ。
文部科学大臣本人が自分のことをどう言っているのか、確認していないが。
寝覚めの前後には脳が活性化するのだろうか。今朝は一昨日書いた文章に誤字があることに気付いた。昨日投函しなくてよかった。早速訂正した。以前にも蒲団の中で新事実を思いついて起き上がったことが何度かある。
枝雀の落語「首提灯」に「上燗屋」が出てくる。「首提灯」の前半だけを「上燗屋」として演ずる場合もある。時代設定は大正から昭和の初めとなっているが、この頃、本当に「上燗屋」と名乗る屋台があったのだろうか。
浄瑠璃『祇園祭礼信仰記』(宝暦七〈1757〉年)や、浄瑠璃『太平記菊水之巻』(宝暦九〈1759〉年)に「上燗屋」が出てくる。
西田当百の川柳「上燗屋ヘイヘイヘイと逆らわず」(大正2〈1913〉年作)があるから、やはり、大正、昭和初期にはあったようだ。平成令和では「上燗屋」を名乗る店はあるものの、屋台ではない。
JR新幹線、大型荷物の持ち込みを事前予約制に…トラブル多発必至か、運用上の難点も
https://biz-journal.jp/2019/11/post_125656.html
「新幹線」「荷物」で忘れられないのは、外国人一家だ。名古屋から乗ってきたが、奥さんは赤ん坊(女の子)を抱えていて、荷物は持っていない。旦那が次々とバッグを持ってくる。大小8個ぐらいあっただろうか。停車時間内によく運べるなと感心した。降りる時も見ていたから、新横浜か品川で降りたのだと思う。これも4往復ぐらいして荷物を全部降ろした。ホームから先は、どうやって運んだのだろうか。昔なら赤帽に頼めたろうが、今はどうやるのか。
十年以上前、目がチクチクするので医者に診てもらった。どういう診断だったか覚えていないが、以後、半年に一度行くようになった。目の不調を訴えると、「逆睫がありますね」と、何回か抜いてもらったことがある。医者に行ったばかりなのにチクチクするので、十倍拡大凹面鏡で見ると、一箇所違う所から出ているものがある。これが原因だろう。抜きはしたが、数ヶ月すると又伸びてくるかもしれない。
ウィキペディアによると、「援助交際」という言葉は、1996(平成8)年に流行語大賞に入賞したという。この言葉を初めて聞いた時は、「うまいこと考えたな」と感心したものだ。誰が思いついたのだろう。
明治時代には、小遣いや生活費をくれるおじさんを「ドルだん」と言った。漢字で書くと「弗旦」。金庫のことを「弗箱」と言ったので、金づるの旦那を「弗旦」と言ったのである。
来年4月1日から、コンビニ・スーパーなどのレジ袋が有料義務化される。
書店はどうするつもりか。書店の袋はいつからプラスチック類になったのか。昔は紙袋だった。書店・古書店も紙袋にしたらよい。ネットで安古本を注文すると、過半はプラスチック類の包装だ。紙包みでも、雨に濡れないようにか、その中の本はポリ袋でくるんでいる所もある。新聞紙等全部紙包装の古書店もあることはある。
ゴミ袋も40年ほど前までは紙製だった。
10年ほど前からだろうか、マスクの紐が耳に擦れて痛むので、ゴム紐式ではなく、共布(不織布)式のものを使用していた。それでも最近は耳の上の部分が擦れるのが気になるようになってきた。ホームページで調べると、耳が痛くならないマスク補助具があった。
A マスク用フックベルト(ミツヤ)
B いやぁらっくす(ホークアイ)
最初目に入ったのはAだが、「ひもが耳裏にあたりません」となっている。私が痛いのは耳裏ではなく、耳上だ。そこでBを見ると、「耳に紐をかけない新発想」とある。これだ。送料分はアマゾンポイントがあるので、早速購入した。ところが、今迄のマスクではきつい。マスクがずり落ちてくる感じだ。そこで新たにマスクを購入した。今度は紐式のでよい。伸縮して上下に広がるタイプのものを購入して「いやぁらっくす」をつけると、快適だ。
アマゾンを見ていると、「透明マスク」なるものが出てきた。接客用には、表情のわかる透明マスクがよいという。世の中、どんどん新工夫が生まれている。
『一銭五厘の旗』『一銭五厘たちの横丁』という本がある。「一銭五厘」とは何かとみると、昭和初期のハガキの値段だった。
永六輔「どこか遠くへ」(TBSラジオ)には、「七円の唄」というコーナーがあった。ハガキが5円から7円に値上げされたのは昭和41(1966)年。それまではハガキ5円、封書10円というわかりやすい値段設定であった。「どこか遠くへ」は、昭和42(1967)年1月2日放送開始とある。しかし、私のかすかな記憶では、「五円の唄」というコーナーがあったような気がする。「どこか遠くへ」の前に同時間帯に同様の番組があって、その中のコーナーが「五円の唄」ではなかったと思うのだが、ネットを見ても、そのような記述はない。あるいは、永六輔が「『五円の唄』としたかったのだが、七円に値上げになってしまった」というようなことを言ったのが記憶に残っているのかもしれない。ひょっとすると、永六輔のことだから、値上げを皮肉る意味で、番組開始当初は「五円の唄」としていたが、実情にそぐわないということで、何か月後、何年か後に「七円の唄」とあらためたのではないか。ラジオから「五円の唄」という音声が流れてきていたような気がする。TBS社史か何かに資料はないものだろうか。
現在、ハガキは63円、封書は84円。
60年前の1959年(昭和34年)、映画会社各社代表女優たちがドイツに派遣された。その面々が今猶健在。
芦川いづみ(84歳)
大川恵子(83歳)
大空眞弓(79歳)
小山明子(84歳)
若尾文子(85歳)
この中では、私は、芦川いづみが一番好きだった。
「同級」という言葉を引くと、『日本国語大辞典』『明鏡国語辞典』には、
学級が同じであること。
『広辞苑』には、
同じ学級
とある。私は「同級生」は「クラスメート」のことだと思ってきた。ところが、テレビやニュースでの発言を見聞きすると、「同級生」を「同学年生」の意味で使っている人が結構いるようだ。
同級生だけど顔は知らない
という言葉をかつて批判したことがあるが、この「同級生」は「同学年生」の意味と考えればおかしくはない。
『明鏡国語辞典』は「同級生」の項目を掲げ、
学年、同期生の意で使うのは、本来は誤り。
と注記している。
しかし、『デジタル大辞泉』では、
同じ学級の生徒・学生。同じ学年の生徒・学生。
となっている。
『広辞苑』最新版はチェックしていないが、そのうち、「同級生」の意味は、
①同じ学級の児童・生徒・学生。クラスメート。
②同じ学年の児童・生徒・学生。同期生。
というように記述されることだろう。
「生(ナマ)」を強調表現のように使うのがはやって久しい。
生放送中生着替え
生放送中生電話
などというのがあるそうだ。
純粋さ、新鮮さを強調する表現として「生(キ)」というのもある。先日は
生ずし
という看板を見た。誤読されないように「生」に「き」と振り仮名が付けてあった。
子どもの頃、町内の蕎麦屋の暖簾には、
生蕎麦
と書いてあった。昔は
灘の生一本
というCMをよく見た。
生酒
生娘
生真面目
という言葉は最近見かけない。
「生(ナマ)ハム」「生(ナマ)麵」「生(ナマ)茶」「生(ナマ)ビール」の生(ナマ)と、「生(キ)醤油」の生(キ)とはどう違うのだろうか。
「右手」「台所」「わがまま」など、いろいろな意味を持つ漢字二字の熟語は何でしょう。
こういう問題がJRのパネルで表示されていた。
わからないまま、正解が「勝手」と表示された。「勝手」に「右手」の意味があるとは知らなかった。
53年前、「八千草薫が好き」と公言する同級生がいた。その時彼女は35歳。私は「どういう趣味をしているんだ」と疑問に思った。若い時の映画しか見ていなかったのか。
46年前、「栗原小巻が好き」と公言する同僚がいた。その時彼女は28歳。これならわかる。彼女は独身を通すようだ。
「あまもり診断士」という広告を見て驚いた。そんな資格があるのか。ネットで「診断士」を検索すると、中小企業診断士ばかり出てくる。ウィキペディアの「日本の国家資格」を見ると、中小企業診断士はあるが「あまもり診断士」はない。
どうやら雨漏り診断士というのは、「NPO法人 雨漏り診断士協会」というのがあり、そこが認定する資格のようだ。
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