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気が向いたら思いついたことを書いてみます
阪急電車からチラリと見たが、雲雀丘学園の入口に
「不許入無挨拶雲雀丘」
という大きな看板が立っていた。
「挨拶無きは雲雀丘に入るを許さず」と読ませるそうだ。
http://hibari.jp/weblog01/2018/04/post_32.html
語順がオカシイのではないか。
「葷酒山門に入るを許さず」は
「不許葷酒入山門」だ。
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国会図書館から届いたコピーが変だ。見開きの片側が真っ白。論文の始め、奇数ページから指定すると、その前の偶数ページ(前の論文の最後)はコピーされない。今年度から変わったようだ。国会図のホームページを見ても何の断りもない。何故こんなことをするのか。作業者の手間が増えるだけで、非効率的だ。利点を挙げれば、トナーの消費量が若干減ること。節約するなら、国会議員の数を減らした方がよほどいい。
最近商品の値上げが相次いでいるが、値上げを店頭に大きく掲示している所はないようだ。一部有名商品はニュースになるが、便乗してか、こっそり値上げする店があるのは困る。私が子供の頃も値上げラッシュだった。風呂屋は「いついつから値上げします」とビラが大きく出ていたのを覚えている。床屋は値上げを知らず、終わってから家に戻って不足分を届けたことがあった。
某コンビニの店長夫人と思われるおばさん。仕事がのろい。伝票処理に数分かかる。脳の血行が悪くなっているのか。
某ファストフード店のパートのおばさん。最初見たときは「大丈夫かいな」と思ったが、一年以上仕事を続けている。しかし、昨日はミスをした。520円の買物に対して、千円札と二十円を出したところ、レジに「おつり 480円」と出たので驚いた。百円玉と十円玉を渡そうとするので、文句を言った。
今朝の文化放送で、入山章栄が数秒絶句すること何回か。どこかの血管が切れたのか。
私も昨日、1,310円の買物の際、千円札と百円玉2個と十円玉2個を出し、あわてて百円玉を追加した所、「これは余分です」と十円玉を返された。
今朝のラジオでリスナーが「野蒜をとってきた」というメールを送っていた。私は小学生時代、野原でエシャレットのようなものを数本抜いて帰り、夕食に味噌を付けて食べたことがある。ネットを見ると、野蒜の先端は丸く、私が採ったのはこれではない。私が子供の頃は「エシャレット」という名前は聞いたことがなかった。
エシャレットは品種名ではなく、ラッキョウを土寄せし、軟白栽培して若いうちに収穫したものです。当時、「根らっきょう」という名称では売れないだろうと言う事で、筑地の大手青果卸、東京中央青果常務の「川井彦二」さんがヨーロッパの「エシャロット」に似ていたことから名付けられたそうです。
いつ頃のことか書いてないが、私が抜いたのは野生のものだから、根ラッキョウ・エシャレットではないが、野蒜でもない。何だったのだろうか。


今朝の文化放送で、痴漢の冤罪を証明するツールを開発している業者の話を聞いていた。来年発売とのこと。両手首に小型カメラ搭載のリストバンドを付け、画像がサーバーに送られる。何かあったら、この会社が冤罪を証明してくれる。発売前に告知して、他社に出し抜かれるということはないのだろうか。
https://mainichi.jp/articles/20180216/k00/00e/020/387000c
昨日の文化放送「ゴールデンラジオ」オープニングトークで、はるな愛が「花粉症で鼻がつまっている。鼻に口をつけて吸い取ってもらいたい」と言った。大竹まことが「誰に?」と聞くと「まことさんに」。大竹は「俺がお前の親ならやるかもしれないけど」と言った後「親でもやらねえよ」と言った。
私の母は、これをやってくれた。私が幼児の時、鼻がつまり、医者に尋ねたところ、「鼻に口をつけて吸い取りなさい」と言われたという。今は吸い取り器具などいろいろあるのだろうが、大変なことだったろうと思う。親の恩とはありがたいものだ。
毎日新聞デジタル版の見出しに「火災鎮圧」とあった。これはオカシイ。「鎮火」とはいうが「火災を鎮圧する」とは言わない。(最近は言っているマスコミがあるようだが)。鎮圧とは武力で反抗勢力を抑え付けることだ。火災を擬人化するのもおかしい。
奥付に「落丁改」という印を捺した本を見た。大正13年12月1日発行『日本趣味十種』。検印・検印紙はない。発行所文教書院、関西売捌大阪宝文館。改印は発行所が捺したのか、売捌所が捺したのか。
「……改」という言葉も戦後は使わない。鬼平が「火付盗賊改方」として有名なぐらいか。
「両陛下お忍び」という記事が朝日新聞デジタルにあった。これはおかしい。マスコミ各社が待ち構えて写真を撮っているのに「お忍び」ということはありえない。誰にも気づかれず、気づかれたとしても数人、というのがお忍びだ。
同番組で「……というアプリを御存じですか」と聞かれた出水アナが「存じ上げません」と言ったのは間違い。アプリに対してへりくだる必要はない。
今日のTBSラジオ「土曜ワイド」で、松尾貴史が麻生氏を批判していた。その中で「(麻生氏が)『私ども』と言ったのはおかしい。お前個人の問題だろう。複数形にして組織ぐるみの問題にするのか」ということを言っていた。
これは松尾の浅慮だ。「ども」は現代語では複数人を表すことが多いが、自分を謙遜し卑下する意味もある。時代劇では、悪徳商人が悪代官に向って「手前ども」と言う。これは店の者全員を指すのではなく、店主一人のことをへりくだって言っているのだ。麻生氏は悪徳商人というよりは悪代官のイメージだろうから、より誤解を招くのかもしれない。
昔は駅のホームに水飲み場があった。水が上に飛び出すやつ。その下には普通の蛇口があった。これがどんどん減っている。阪急梅田駅では消滅した。ホームの清掃をする時、水道水を使わないのだろうか。
うがいをするのに欲しい。55年ほど前、自宅から中学、中学から自宅と合計三十分ほど歩くだけで、マスクのガーゼの鼻の穴の部分が真っ黒になった。今はそんなことはないが、粒子が細かくなっているだけで、PM2.5など、埃は多いのだ。
人けのないホームならペットボトル茶でうがいして線路に吐き出すということもできるが、梅田駅では躊躇した。
今まで、いろいろと欺されてきた。本でも、注文したところ、思っていたものと全然違うということが時々ある。昨年末買った本は、論考ではなく、江戸時代の本三点を翻刻しただけのものだった。
今日興味を持った本があったが、よく見ると、
本編は、実は、全部が小松の広告です。読んでから、ダマサレタと思はない様に始めに断つて置きます。(「自序」より)
という注記がついていて、買わずにすんだ。この古書店「樂園書林」は良心的である。
所謂「街の本屋」に行った。二百平米程度か。チェーン店の一つらしい。岩波文庫が置いてあるから、良心的ではある。驚いたのは、新刊本屋であるにも拘わらず、「古本買います」と貼紙をしていたこと。古本といっても、新刊のきれいな本しか買わない。ブックオフと違うのは、「この本をいくらで買います」と指定している点。何十点とリストがあるが、最近の人気本しか買わないようだ。定価の三割というから、ブックオフよりは高く売れるのではないか。
買った本はどうしているのだろうか。チェーン店に新古本屋があって、そこに回しているのだろうか。
アマゾンには1円本があるが、「日本の古本屋」サイトで「0円」という本を見付けた。送料のみということなのだろう。必要な本ではないので購入(?)しなかった。
子供の頃、家に陶枕があった。時々使ったが、大きいので、子供には首がつらかった。
下記リンクのような形だった。
大人になって籐の枕を使ったこともあるが、いつか捨ててしまった。
夏の枕は難しい。今はエアコンがあるから関係ないかもしれない。
大田南畝『奴師労之』に
深川八幡を富賀岡といふはフカ川フカ岡なるべしといふものあり
とある。
深川を宛字で書くと「富賀川」。そこに出来た陸地は「富賀岡(ふかおか)」。これの読みを変えれば、「富賀岡(とみがおか)」となる。
「が」を取って「とみおか」と言うようになったのはいつ頃だろう。
読売新聞によると、
日本大学に爆破予告をして授業を休講させたとして、警視庁成城署は2日、日本大文理学部4年生の男(22)(東京都葛飾区)を威力業務妨害容疑で逮捕したと発表した。〈中略〉
調べに対し、男は容疑を認め、「授業の発表が苦痛で休講にしたかった」と供述している。
私が学生の頃は爆破予告をする人などいなかった。私には、天の助け(?)があった。院生の時、アルバイトで忙しかったせいだろうか、演習の発表準備が間に合わなかった。当日朝、皆の前で土下座をするつもりで登校すると、「文学部一号館火災のため休講」となっていた。ボヤのようだったが、休講にしてくれたのはありがたかった。内心、万歳を叫んだ。
明治二十三年国会が開設されたが、議事堂は現在地ではなく、虎の門にあった。
『東京名物志』(改定増補。明治三十四年八月三十一日。公益社)に、
(虎の)門内新し橋との間に「帝国議会議事堂」と云ふあり。天下の衆愚(ばかもの)を集めて国費を徒消(むだづかひ)せしむる所なり。
とある。編輯兼発行者は「松本順吉」。
明治の昔、横浜毎日新聞は、書く記事がなかったので四ペーシ目を白紙とし、「好きなことを書いてください」としたという。
今回入手した本は、序2ページ、目次3ページ、本文173ページだが、その後32枚64ページ分が方眼目のついた白紙だ。メモ用とも記録用とも、何の記述もない。約四分の一が白紙というのは珍しいのではないか。
昭和8年5月15日発行、木下桂風編『茶人必携』(鈴木書店)。アテにしていた記述がなかったので、捨てようかと思ったが、珍しそうなのでやめた。翌年刊の続篇は国会図書館にあるが、デジタル版になっていて原本は確認できない。
千代田遺産の紀伊国坂の説明も、引用元と若干字句の違う所がある。これを赤字で示す。

説明板前半には、次のように書いてある。
『紫の一本』という本には「紀伊国坂、松原小路より竹橋御門へ出る坂をもいう。今の灰小路の所、もと尾張紀伊の御屋敷ありし故なり」とあり、

国会図書館蔵正徳四年写本『紫の一本』には、
○〈前半略〉又松原小路より竹橋の御門へ下る坂をも紀の国坂といふ、今の灰小屋の所、もと尾張紀伊国の御屋敷ありし故也

とある。
「竹橋御門へ出る坂」と「竹橋御門へ下る坂」では全然違う。「灰小路」と「灰小屋」では全く違う。「灰小路」などという地名があるのか?


説明板後半には、次のように書いてある。
『再校江戸砂子』には「紀伊国坂、竹橋御門へくだる小坂をいう。むかし此所に尾紀の両御殿ありしなり。今、赤坂に同名あり。」とかかれています。

国会図書館蔵『再校江戸砂子温故名蹟誌』巻一には、
紀伊国坂 竹はし御門へくたる小坂を云 むかし此所に尾紀の両御舘ありし也今赤坂に同名あり
とある。

「御殿」と「御舘」とでは違う。
千代田遺産の紀尾井坂の説明にも若干問題がある。引用元と違う表現を赤字で示す。
掲示板の説明は次のとおり。
この坂を紀尾井坂といいます。『新撰東京名所図会』には「喰違より清水谷公園の方へ下る坂を称す。」、「喰違内坂を、紀尾井坂といふ、蓋し此坂の両側に、紀州、尾州、井伊三公の邸宅ありしが故に、各頭字を取り名とせるものなりといふ。」と記されています。
このあたりが紀尾井町と呼ばれているのも左記の理由からです。また坂下が清水谷なので清水谷坂の別の名もあったといいます。(下略)
『新撰東京名所図会』第十八編麴町之部下之一の、
●紀尾井町  ◎地名 阪路類 には、
紀尾井坂 喰違より。清水谷公園の方へ。下る坂を称ふ
とあり、同じく
●紀尾井町  ◎位置 名称 には、
喰違内の坂を。紀尾井坂といふ。蓋し此坂の両側に。紀州、尾州、井伊三公の邸宅ありしが故に。各頭字を取り名とせるものなりといふ。
「喰違内の坂」とあるものを勝手に「喰違内坂」としたのでは、「喰違内坂」という坂があると誤解されるではないか。
左記の理由から」というのはオカシイ。「右記の理由から」とすべきだ。右と左もわからないのか。
千代田遺産の「行人坂」の説明板の記述もオカシイ。
説明板には、次のようにある。

この坂を行人坂といいます。『新撰東京名所図会』には「行人坂、上六番町と中六番町との間を南の方に上る坂を称す」とかかれています。また、『御府内備考』にも「行人坂、古某法印と称する行人この辺りに居するゆえにこの名あり。また法印坂とも呼び或は転化して法眼坂という」とあります。もともと一連の坂を起伏により東郷坂、行人坂、南法眼坂と三つの名に分けてよんだものであり、法眼坂の名称だけの地図も多いようです。

ところが、
『新撰東京名所図会』第十九編麴町区之部下巻之二の
●番町 ○地理 の部には、

行人坂 上六番町と中六番町との間より。南の方に上る坂を称す。

とある。「間より」を「間を」と勝手に書き換えている。

更に問題なのは『御府内備考』の方だ。
『大日本地誌大系第一冊』(大正三年)の『御府内備考』巻之六御曲輪内之四 には、
  行人坂
裏六番町・表二番町の間にあり。中比この坂の傍に、何がしの法印といふ行人住居せし事あり。ゆへに行人坂といふ。或は法印坂ともいふ。法印坂を誤て法眼坂と云ものあり。【江戸紀聞】

とある。全然記述が違う。昭和四年版も大正三年版と全く同じだ。
千代田区の説明板の記述は、どこから持ってきたものか。ここにはルビが全くないが、「古某法印と称する」をきちんと読める人がどれだけいるだろうか。

千代田遺産の掲示板の記述がどうもウサン臭いと思って調べてみると、「御厩谷坂」の説明板もオカシイ。
説明板には、次のように書かれている。
この坂を御厩谷坂といいます。『新撰東京名所図会』には「一番町と上六番町との間、すなわち井伊家邸前より南の方に係れり。厩谷もと御厩谷という。むかし徳川将軍家の厩舎ありしに因り此名あり。」と記されています。また、「新編江戸志に今も紅梅勘左衛門殿やしきに御馬の足洗いし池残りてあるなりというと見えたり」ともかかれています。
ところが、『新撰東京名所図会』第十九編麴町区之部下巻之二の
●番町 ○地理 の部には、
厩谷 一番町と上六番町との間。即ち井伊家邸前より。南の方に係れり。
とあり、
●番町 ◎邸宅類 の部には
  ○厩谷
厩谷もと御厩谷といふ。一番町と上六番町とに亘(わたれ)る低地をいふ。むかし徳川将軍家の厩舎ありしに因り。此名あり。新編江戸志に。今も紅梅勘左衛門殿やしきに。御馬の足洗ひし池残りてあるなりといふと見えたり。
とある。
第一、『新撰東京名所図会』の記述は「厩谷」の説明であって、「御厩谷坂」の説明ではない。
第二、千代田区の説明板は、『新撰東京名所図会』の「地理」部の記述と「邸宅類」の記述を勝手に編輯して一つにまとめ、あたかもこの説明文が『新撰東京名所図会』そのままであるかのように見せ掛けている。
これは欺瞞だ。
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