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気が向いたら思いついたことを書いてみます
キンドルというと、今の若い人は、Amazon Kindle を思い浮かべるだろう。
しかし、明治時代には「キンドル散」という薬があった。精錡水の岸田吟香が作った小児薬。広告には背に翼をつけた子供の天使が描かれている。弓矢は持っていない。
私は幼稚園の時、『キンダーブック』『チャイルドブック』『ひかりのくに』を購読していた。
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ふとしたことから YouTube で市丸の歌を聞いた。「天は二物を与えず」と言われるが、美貌・美声・長寿の三物を与えられた幸せな人だ。ネットに上がっているものは録音年代が不明だが、中年以前と思われる下記の歌(リンクを貼ったもの)はすばらしい。動画(テレビ出演)は老年期である。
すととん節
https://www.youtube.com/watch?v=QUur-WPEsMs
端唄(紀伊国)俗曲
https://www.youtube.com/watch?v=C3iVxCYgKjc
東雲節
https://www.youtube.com/watch?v=jLTq4wPN1B0
春雨
https://www.youtube.com/watch?v=khyK4-ui-nA
から傘
https://www.youtube.com/watch?v=SZHqbXrsCX8
深川
https://www.youtube.com/watch?v=pSMvDIUQGYc
さのさ
https://www.youtube.com/watch?v=tDAWd9kycg0
梅は咲いたか
https://www.youtube.com/watch?v=VZ9hiOFIFNc
三階節
https://www.youtube.com/watch?v=idFSi8f0kKo
かっぽれ
https://www.youtube.com/watch?v=exYpKD0O-dw
端唄(猫じゃ猫じゃ)俗曲
https://www.youtube.com/watch?v=xsSzVJa9Sbo
俗曲(獅子ほんかいな)邦楽
https://www.youtube.com/watch?v=53_0CIGUVw4
木遣りくずし
https://www.youtube.com/watch?v=xW-jyRfEiuo
奴さん
月は無情
猫じゃ 猫じゃ
伊那節
おてもやん
真室川音頭
明治二十一年の雑誌に、
滭弗(ひつふつ)と音して岩を嚙む水の流れ
という表現があった。
「滭弗」という表現を今使う人はいないだろうし、使ったとしても享受者が素直に理解できないだろう。
太宰治は、『走れメロス』に
ふと耳に、潺々、水の流れる音が聞えた。
と書いた。「滭弗」「潺潺」、共に「水の流れ」という説明がないと理解し難い。

某有名国立女子大学の廃棄本を入手した。女高師時代の購入書だ。明治時代の活字本だが、紙質はよく、印刷も鮮明だ。13冊で7000円、送料無料だから、一冊500円ちょっと。有難い。
一冊には某千草の貸出記録がカードに残っている。ネットを見ると、この人は某県立某高校の校長だった人と同姓同名だ。結婚して姓が変わったのなら同一人物ではない。同一人物かどうか、ネットだけではわからない。
別の本には某尚子の貸出記録がある。この人は大学の教授をしているようだ。珍しい姓だし、学歴もネットに上っているので、間違いない。専門分野と、この借り出した本も符合する。
その他、二人の学生名がカードに残っている。廃棄にあたって、このような個人情報を抹消しなくてよいものだろうか。おかげで、私は某尚子氏の研究成果にアクセスすることができるのだが。
そもそも、どうしてこの叢書は廃棄されたのか。13冊のうち二冊だけ背表紙が剝がれている。うち一冊は一頁だけ外れている。補修すればよさそうなものだが、どういう理由なのだろうか。
週刊現代の「墓じまい」の記事のトップ写真に
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/66194
「倶會一處」と刻んだ墓石が三基見える。これは初めて見た。ウィキペディアには、
倶会一処(くえいっしょ)とは、浄土教の往生の利益の一つ。阿弥陀仏の極楽浄土に往生したものは、浄土の仏・菩薩たちと一処で出会うことができる、という意味である。
とある。この写真の寺は浄土真宗らしい。
宮武外骨『頓智と滑稽』に、「滑稽辞世三十六歌撰」がある。
○歌川豊広
死で行地獄の沙汰は兎も角もあとのしまつは金次第なり
○小西来山
来山は生れたとがで死るなりそれで怨みも何もかもなし
○岩井嘉七
西方の土俵入りをば急ぐのは弥陀の浄土へ団扇入れたさ
○天の広丸
心あらば手向てくれよ酒と水銭のある人ぜにの無きひと
○梶金平
死ともなあら死ともな死ともな御恩になりし君をおもへば
○正念坊
来て見ても来て見ても皆同事此処らで鳥渡死で見ようか
○式亭三馬
善もせず悪も作らず死る身は地蔵もほめず閻魔しからず
○中山平四郎
酒も飲み浮女も買ひ文も見つ家も興しつ世にうらみなし
○山中源左衛門
わんざくれ踏反べゑか今日計明日は鴉がかツかじるべゑ
○中村歌右衛門
嗚呼名残惜や此の世の別れ道妙法れん華今日のたびだち
○一休和尚
今迄は死なれぬ程に生るなり死なるゝ程に死るなりけり
○手柄岡持
狂歌よむうちは手柄の岡持よ詠まぬ段では日柄の牡丹餅
○檀林皇后
我死なば焼な埋むな野に捨て痩せたる犬の腹をこやせよ
○長田忠敬
ながらへて命ばかりは壱岐守身の終りをば今ぞたまはる
○山崎宗鑑
宗鑑は何処へと人の問あらば些用ありてあの世へといへ
○歌川広重
あづま路へ筆を残して旅の空西のみくにの名所をば見ん
○服部広孝
我はもう終なるべしいざ子供近く寄りませ顔見て死なめ
○十返舎一九
此世をばドリヤお暇に線香のけむりとなりて灰左様なら
○荒木田守武
こしかたも又ゆく末も神路山嶺のまつかぜ嶺のまつかぜ
○相模かしく坊
富士の雪とけて硯の墨ころもかしくは筆の終りなりけり
○紀定丸
狂歌師も今か明かと成にけり紀の定丸もさだめなき世に
○谷文晁
長き世を化けおふせたる古狸尾先きな見せそ山の端の月
○松亭金水
六十路余六歳の今日を命にて浮世の夢はさめはてにけり
○元政上人
深草の元政ぼうず死なれたり我身ながらに哀れなりけり
○志賀理斎
是までは有為の都に長居して今日こそ帰れ無為の古さと
○本因坊算妙
碁なりせば考をも立て生可を死る道には手もなかりけり
○志道軒無一
東よりぬつと生れた月日さへ西へとんとん我もとんとん
○蜷川新左衛門
生れぬる其の暁に死しぬれば今日の夕べはあき風ぞ吹く
○円智坊
落て行く奈落の底を覗き見んいかほど欲のふかき穴ぞと
○大田南畝
時鳥なきつるかた身はつ松魚春となつとのいりあひの鐘
○曲亭馬琴
世の中の役をのがれて元の儘返へすはあとのつちの人形
○歌川豊国
一向に弥陀へ任せし気の安さ只なにごとも南無阿弥陀仏
○中倉忠宣
何やらに忠宣といふ名を付て月よ花よとさわぎけるかな
○多々羅義隆
討つ人も討たるゝ人も諸共に如露亦如電応作如是観
○狂歌堂真顔
味く喰ひ暖かく着てなに不足七十なゝつ南無阿弥陀ぶつ
○地黄坊樽次
南無三宝あまたの樽を呑干て身は空樽にかへるふるさと
上田花月が「奇怪なる俗語」(『吾嬬布里』第五号)として、次の言葉を列挙している。
アンポンタン ヘナチヨコ ベランメイ(ベラボウの転) チヤンコロ オタンチン ガリガリ亡者 オッチョコチヨイ オチョンキ ベツカツコウ ガラツパチ ヒツテン スカンピン ヘツポコ テウサイバウ チヨコサイ オケンツウ オベツカ ボンヤリ チヤラッポコ オベンチヤラ ノツペラボウ アポチンタン デンバウ ボクネンジン チンプンカン ロクゾッパウ ステンキウ ダリムクレ スコタン コンコンチキ ヌッポラボン スッヘペラボン(又ズンベラボウ) モヽンチイ(猪肉) キテレツ(又ケケレツ) ヲリツキ トロッペキ ヘチムクレ(ヘチヤモクレ) トンチキ ミミッチイ ババッチイ ケゲン ヒヨウタクレ ヘンポコライ(又ヘンテコ) アカンベイ ガラクタ ヅブロク ザツクバレン テンヤワンヤ
一部は現在の国語辞典にも載っている。
ジャンヌ・ダルクが、明治七年『和洋合才袋』巻之二で、
如安達克(じやんだるく)
として紹介されているのに驚いた。
オルレアンは、
疴爾良(おるれあんす)
となっている。
「仏蘭西如安達克の話」として「大礒の虎の話」と対照させている。
作者は瓜生政和(梅亭金鵞)。どこから話を仕入れたものか。
活東子『戯作六家撰』(安政三年序)「十返舎一九」の項に、
辞世 此世をばどりやおいとまにせん香とともにつひには灰左様なら
とある。(中央公論社『燕石十種』第二巻所収)
人間はいずれ煙と灰になってしまう。それを踏まえた面白い辞世の歌だ。
今年は食べていないが、昨年夏は「ロカボ麵」というのをよく食べた。「ロカボ」とは何ぞやということは考えもしなかったが、今日、「ローカーボ食」という記述を見て、「ロカボ」は「ローカーボ」の略かと思った。それでは「カーボ」とは何かと調べると、
食・楽・健康協会は、1食で摂取する糖質量を20~40gにするという、適正糖質を提唱しています。ローカーボは、極端な糖質制限も含んでしまう概念ですので、食・楽・健康協会の推奨する適正糖質はそれと区別し、「ロカボ」と呼ぶことにしました。ちなみに、今の一般的な日本人の食生活では、1日に300gくらいの糖質を摂取しています。おにぎり2個と野菜ジュースだけで100gくらいになってしまうのです。
という記述があったので驚いた。「ロカボ」と「ローカーボ」とは違うのだという。
この記述の左側には、
Vegetable Juice + 2 Rice Ball = Carbohydraye about 100g!!
とあるので、「カーボ」とは「カーボハイドレイ(炭水化物)」の略であることがわかった。
国会図書館オンライン検索で「灰」を見ていると、
古詩平灰論の伝承について(市野沢寅雄『東洋研究 』(通号 26)1972)
という論文があった。「平灰論」は、
平仄論
の間違いだろう。また、
漢音・唐音の一問題--灰韻字のuイ韻について(湯沢質幸『国語国文』48(6) 1979)
というのもあった。この「灰韻字」というのも、
仄韻字
の間違いだろう。
これによって、国会図書館は目録作成にあたり、OCRを利用しているらしいこと、OCRの誤認識を訂正できる人材が目録作成を担当していないらしいことがわかる。
明治二十一年の雑誌に、
自由になるなら電話の器械主のからだにしかけたい
という都々逸が載っている。
これから百年ちょっとで、この人の願いは叶えられた。誰もが電話を持ち歩くようになったのである。
『相棒』の杉下右京並の記憶力をもつ男がいた。
深川署によると、東京都江東区内の大型商業施設でレジ打ちを担当。買い物客からクレジットカードを預かった際に氏名やカード番号などを瞬時に暗記し、その情報を使ってインターネット通販で買い物を繰り返していたとされる。谷口容疑者のノートには1300件以上のカード情報がメモされており、関連を調べる。
https://news.livedoor.com/article/detail/17042780/
宝の持ち腐れだ。
人にはそれぞれ得手というものがある。諸氏奉祝歌を捧げた中に、巌谷小波のみ俳句を奉呈したことがあった(文献名失念)。ある人の出版祝いの歌を求められ、都々逸を出したところ、「それは困る」と断られた人もいた(文献名失念)。
『重宝』(明治二十八年一月)には、次の記述がある。
東京木挽町弐丁目に僑居せらる霧垣夢文叟といへる雅び男は夙に「どゞいつ」の野卑淫靡なるを憂ひ之れが改良に努めらるゝこと数年大ひに進歩の効ありとて昨年三月九日両陛下廿五年の大典を祝せんとて宮内省へ献詠せられたる情哇(いわゆるどゞいつ)左に
 鶴は巣籠り亀啼く庭に朝日照り添ふ松の花
霧垣夢文は仮名垣魯文の高弟である。「どどいつ」に拒絶反応を示す人も多かった時代だが、これだけ品よくできていれば文句は出ないだろう。
小泉武夫『灰と日本人』(中公文庫)は、予想どおり、『灰の文化史』の改訂版であった。末尾に「文学と灰」の章がある。昔話、詩、『今昔物語集』があった。生活と密着していた割には、随筆などのないのはどういうわけだろうか。
今日、郵便局に行ったついでに、スマートレターのことを尋ねた。やはり10月以降も180円のまま据え置きだという。ということは、今迄割高な料金を支払っていたということなのだろうか。
奥山儀八郎著『珈琲遍歴』の見返しに「かうひい異名熟字一覧」が載せられているという。
https://blogs.yahoo.co.jp/fiwayama/12842957.html
出典・典拠を除き、宛字のみ列挙すると、次のとおり。(●はパソコンで出ない漢字)
 1 コッヒイ
 2 波无(バン)
 3 保宇(ボウ)
 4 比由爾宇(ビユニウ)
 5 比由无那阿(ビユンナア)
 6 比由无古於(ビユンコオ)
 7 古●〈王二つ+門構えに「寸」〉比伊(コツヒイ)
 8 古●〈王二つ+門構えに「寸」〉比伊豆(コツヒイビーン)
 9 コーピ
10 蛮人煎飲する豆
11 都児格(トルコ)国の豆
12 各比伊(コツヒイ)
13 コヲヒ豆
14 歌兮(コーヒイ)
15 迦兮(カツヘイ)
16 可喜(カヲヒイ)
17 カウヒイ
18 コーヒイ
19 煎りひき粉にして飲料にする豆
20 哥非乙(コツヒイ)
21 哥兮(コツヒイ)
22 骨喜
23 架非
24 珈琲
25 黒炒豆(コーヒマメ)
26 骨喜(コーヒー)
27 珈啡
28 哥喜(コーヒー)
29 過希(コーヒー)
30 香湯
31 過稀(こうひい)
32 雁喰豆
33 ●〈口ヘンに膏〉呸
34 コオヒー
35 加非
36 和蘭豆
37 アメリカ豆
38 豆の湯
39 架菲
40 茶豆(カウヒン)湯
41 膏喜
42 コーシー
43 可非
44 茄菲
45 扁豆
46 山牛蒡の実
47 煎豆湯(コーヒイ)
48 唐茶(コーヒ)
49 唐
50 カツフヘエー
51 加菲(コーヒー)
52 㗎啡茶
53 架啡
54 茶豆(コツフヰイ)
55 加啡
56 骨非(コホピ)
57 滑非
58 滑否
59 コフイー
60 香湯
61 可否
番外 皐蘆(なんばんちや)
番外 唐茶
末尾には、
版権所有 松戸市下矢切一九三歌兮亭・版画家奥山儀八郎 禁転載
とある。その前には、
昭和十七初版・卅一年二版・卅九年増補第五版番外共63
とある。
昭和十七年初版では番外共四十三組であった。
日本郵便の料金が10月から変わる。改定案内にはスマートレター(180円)のことが載っていない。
日本郵便のホームページを見ても、スマートレターについては記載がない。
https://www.post.japanpost.jp/fee/simulator/kokunai/one_two.html
https://www.post.japanpost.jp/service/2019fee_change/index.html
スマートレターは10月以降も180円のままなのだろうか。不可解。
古書を注文したところ、「店頭で売れてしまいました」という回答や、理由なしの「キャンセル」ということが時々ある。7月6日に注文した本は、「紛れてしまいました」「本が見つかりません」ということでキャンセルとなった。ところが、9月3日になって「見つかりました」という連絡が入った。4冊2,000円でさえ安いのに、500引きで1,500円となった。こちらとしては有難い。向こうにしてみれば、在庫管理が不充分であったために500円損したことになる。パソコンで在庫管理している古書店は全体の何割ぐらいあるのだろうか。
山手線に置き忘れの280万円、清掃員ネコババ
https://news.livedoor.com/article/detail/17033894/
という記事があった。驚いたのは横領ではなく、280万円が入る財布というものが存在するのか、ということ。280万円を持ち歩くような生活をしているなら、山手線には乗らず、タクシーで帰ったらよさそうなものだ。
灰のエッセイはないかと探したところ、礒清『随筆 吉備暖話』(昭和二年)に、「灰皿の灰」というのがあるのを知った。ところが実物を見ると、「灰皿の灰」は章題で、「先生の咳」「痣」「枕頭」「首のない人」「塗師屋の話」の五話を括るものであった。どこにも灰の話は出てこない。「灰皿の灰」とはどういう意味か。どうせ捨てられて(忘れ去られて)しまうような、しょうもない話、という意味の謙辞か。
今日は、小泉武夫に『灰の文化誌』『灰と日本人』の著作があるのを知った。後者は前者を文庫化したものだろうと推測し、後者のみ注文した。この人は発酵学者らしい。
病気になることを、
不快 所労
不例 御悩 不予
などという。
明治時代の雑誌に、
主人はさいつ頃より竪児に襲われいまだ褥裡に呻吟してあり
とあった。「竪児に襲われ」とは病気のことを指しているのだろうが、辞書に見当たらない。「竪児」「豎児」を病気のことと記述した書物に出会えるだろうか。
韓国文大統領側近で法務部長官候補に指名された曺国(チョ・グク氏が、記者会見席上、三菱鉛筆ジェットストリームを使っていたことが一部で話題になっている。黒一色なのが残念。2019年新発売の三色を使ってもらいたかった。
https://livedoor.blogimg.jp/masorira-kabu/imgs/f/3/f35dfe99.jpg
三菱鉛筆は、三菱UFJ銀行などの三菱グループとは無縁。当然、三菱重工とは全く関係ない。
某雑誌細目集覧に、
臼春歌
とあった。これは
臼舂歌
の間違いだ。
「臼」は常用漢字だが、「舂」は違う。「春」と似ているから間違えやすいが、このような専門的な本で間違えるのはよくない。
ある本を読んでいたら、『書物関係雑誌細目集覧』という本があるのを知らされた。ネットで調べると、二冊で500円というので、購入した。送料を入れても1100円。自分と同趣味同方向の記事を掲載した雑誌の目次を見るのは楽しい。ついつい欲しくなる。『東京新誌』の復刻が二冊で三千円なので買ってしまった。「日本の古本屋」を見ると、同じものが最高で12,600円になっている。4倍の差。1万円近い差。
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