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気が向いたら思いついたことを書いてみます
銀座にはほとんど行ったことがないが、昭和五十五年六月上旬、私は晴海通りの銀座四丁目付近をウロウロしていた。何の用事があったのか、全く覚えていない。折しも、参議院選挙に出馬していた中山千夏の選挙カー(かなり大きいものだった)で本人が演説していた。ところへ右翼の街宣車が大音をあげて妨害にかかった。千夏は「あなたの心に」を歌って退散した。ウィキを見ると、「小学5年生の時に東京へ転居し、中央区立泰明小学校に転入する」とある。この辺は彼女にとって懐かしい所なのだろう。
昨年十二月二十五日、梅田に右翼の街宣車3台が現れ、「スメラミコトいやさか」「天皇陛下万歳」と三度ずつ繰り返し大音で唱えるということをあちこちでやっていた。
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今、新聞の号外は駅頭などでタダで配っている。しかし、以前は一枚刷を販売したものだ。その前はやはりタダであった。境目は日清戦争。日清戦争以後、号外を売るようになった。
岡本綺堂『思ひ出草』(昭和十三年)に、次のようにある。
新聞の号外発行はこれまでにも絶無ではなかつたが、それはよくよくの重大事件に限られてゐて、各社の配達人がその購読者の家々へ配達するに過ぎず、号外だけの一枚売りはしなかつたのだが、日清戦争勃発と共に新聞号外が飛ぶやうに売れはじめた。ラヂオの放送もなく、新聞の夕刊もない時代に、悠々閑々と明日の朝刊を待つてはゐられないので、各人が争つて号外を買ふことになる。今までは無代価と決まつてゐた号外が、こゝに一枚五厘とか一銭とかいふ価を生じて、各社直属の配達人ではなく、臨時に号外だけを売りあるく者が出来た。いはゆる号外屋である。各新聞社でも我社の広告になるといふやうな意味で、その号外屋にも号外を分けて遣る。最初は無代償であつたが、それでは無制限になるので、中途から百枚一銭ぐらゐを徴収することにした。而も百枚一銭で仕入れた号外が五十銭にも一円にも売れるのだから大儲け、今日の言葉で云へばボロイ商売だ。
さて、これがいつからまた無料配布になったのか、今はわからない。
松川家妻吉は、寄席でどのような芸をしたのか。自叙伝『堀江物語』では、長唄・小唄を歌ったことしか書いてない。しかし、石谷まさるは、『川柳きやり』第十二巻第六号で、次のように述べている。
東京の寄席に現はれた妻吉は一寸端唄都々逸などを唄つて立ち上り、手踊り……手のない不自由な身体で振り事を見せ、口に筆を啣へて踊りながら高座に立てかけた画箋紙に簡単に画を描くのであつた。此時妻吉と二人高座で三味線を弾いた妻奴は、オホヽの千山と云つた講談師濤声舎千山の娘であつた。妻吉は格別美人でもなく又芸も一向冴えたものではなかつたが、色物席の全盛時代ではあり、腕無し芸妓と云ふのが大評判で、到る処の大入を占めたのであつた。
今日のNHK-FM歌謡スクランブルは昭和二十年代の歌謡曲。
「東京の花売娘」昭和21年
「ミネソタの卵売り」昭和26年
「街のサンドイッチマン」昭和28年
これらの商売は、今は見られない。
街角で、マンガ喫茶の大きな看板を持って立っている人は見るが、あれは何という名称なのだろうか。
「なっとういち」のタレ小袋が新アイディア。なんと、「押すだけ」。つまんで切り裂く必要はない。粒も超小粒ですばらしい。
https://rocketnews24.com/2018/11/26/1143487/
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181130-00010001-shokuhin-bus_all
https://news.merumo.ne.jp/article/genre/8102294
http://7ch02.blog.fc2.com/blog-entry-816.html
常々思っていたが、(納豆タレでなく)小袋を破る時、ギザギザの所を引っ張るのが普通だと思っていたが、そうでないものもある。親切に矢印で「ここから切って」と表示しているのもある。統一できないものか。
三遊亭円生の落語「左甚五郎」に「ぬうぼう」という名前が出て来る。甚五郎が、自分の名前を忘れたと言って名乗らないので、おかみさんが付けた名前。「ぬーっとしてぼうっとしてるから」という。これはフランス語にかこつけた擬人名だ。
昭和五年『現代語新辞典』(自治館)に、
【ヌーボー(式)】取りとめのない、真相の知れない人間をかく呼ぶ。
とあるから、円生の造語ではなく、昭和初期の流行語なのだろう。
と思いきや、平山蘆江『日本の芸談』(昭和十七年)に、
川上(音二郎)と肩をならべて人気を持つてゐる高田実といふ役者は何もしない事においてえらい役者だつた。高田の事を当時の人はヌーボー役者と云つた、丁度日露戦争直前頃で、セセツシヨン式といふ美術装飾の流行る前、アール、ヌーボアといふ装飾が盛んに流行つてゐる頃だつた。アールヌーボアの流行り言葉をその儘とつてヌーボー役者といふ仇名も出来たのだが。
とあった。「ぬうぼう」とは、明治時代に出来た言葉なのだ。三遊亭円生は昭和五十四年没。明治・大正・昭和と使われたこの言葉も平成以降は消滅か。今はワインに取って代わられた。
40年ほど前、某先生が
「鴫立つ沢の秋の夕暮」の「沢」って、どんな所だ。
と質問した。私は即座に
「沼」
と答えた。すると、その先生は、違う、と言う。説明の詳細は忘れたが、結論として、
「山間の渓流」
だという。その場では、先生の説明に納得して、「ああ、そうなのか」と思っていた。
しかし、渓流では、西行の歌のイメージがうまく作れない。「沢田」「深沢」などという苗字も、渓流では説明がつかない。
今日、『素書』「安礼章第六」を見ると「山峭者崩。沢満者溢」とあって、荻生徂徠『素書国字解』は、「ヤマケハシケレバクヅル。サワミツレバアフル」と読んで、後半について、「沢ハ、ソウジテ、タマリテ、ナガレヌ、水ナリ、タメヰ、ヰセキナド、一ハイニミツレバ、隄(ツヽミ)ヲフキヽリテ、水アフルヽナリ」と注している。
『日本国語大辞典』には、
①浅く水がたまり、草の生えている湿地。水草の生えている地。
②山間の谷。またそこを流れる水。渓流。谷川。
とある。
某先生は②の意味しか知らなかったのか。①の意味なら、私の答えた「沼」のほうが正解に近いのではないか。
では「沢」と「沼」はどう違うのか。湖の小規模なのが沼で、沼の小規模なものが沢なのだろうか。このへんは、よくわからない。
西行の歌に戻る。ネットで調べると、大磯に「鴫立沢」「鴫立庵」があり、写真が出ている。これを見ると、鴫立沢は小さな川だ。某先生はここを訪れて、沼ではないと確信したのか。
しかし、大磯の「鴫立沢」「鴫立庵」は、江戸時代初期、誰かが「ここだ!」と決めたもので、西行の与り知らぬ所だ。小川ではあるものの、海がすぐ目の前で、山間ではなく、谷川・渓流といったものでは全くない。私は、この歌の「沢」は、渓流ではなく、水たまりと考えたい。
明治時代の文献を見ていたら、「便殿」とあった。これはトイレではない。
『新漢語林』によると、「便」には次の意味がある。
①たより。おとずれ。音信。「幸便」
②都合がよい。また、利益をはかる。「便利」
③都合。つて。ついで。
④くつろぐ。安らか。また、普段。「便殿」「便衣」
⑤すばやい。また身軽な。手軽な。
⑥慣れている。習熟している。
⑦小便。また、大便。
①口先たくみに言う。口がうまい。
②へつらう。
「ラジオ深夜便」は①の意味だが、この「便」を⑦の意味に考える学生がいた。今の学生は「便箋」など使わないか。
①はメール、②はコンビニ、③はチャンス、④の「便殿」はコンフォートルーム、「便衣」はカジュアル(ウェア)、とことごとくカタカナ語になっている。トイレを「便所」と言う人は少ない。⑦の「小便」をピー、「大便」をストゥールなどと言うようになる時代が来るのだろうか。
今日の朝日新聞大阪版十面「経済気象台」の記事を見て、初めて一万円札を見た時のことを思い出した。小学3年生の時だ。母親が「新しく出た一万円札を見せてやる」と言って財布からおもむろに取り出した。聖徳太子だから有り難みがあるので、福沢諭吉ではピンとこない。五千円札は手許に来るとすぐくずしてしまう。千円札は顔など見ない。夏目漱石でも野口英世でも、どちらでもよい。
三遊亭円生が、弟子修業時代、師匠に「十円札」を見せてもらった時のことを話していた。師匠でもめったに手にするようなものではなかったという。明治末か大正初の十円札というのは、江戸時代の一両小判のようなものなのだろう。円生が見たのは大黒様か和気清麻呂か。私は子供の頃、五円札を手にした記憶はあるが、一円札・十円札の記憶は定かでない。小学校に入る頃は、一円・五円・十円ともコインだった。小学校高学年になると、五十円玉百円玉をもらった。
今、十万円札ができたら一両小判のようなものなのだろうが、一万円札もやめるべきで千円札までにすべきだ、という主張をする人がいるらしい。
ドラマに「しずり」という名前の女性が出てきた。木の枝などに積もった雪が落ちることだという。それなら「しずる」でもいいはずだ。
『鶯亭金升日記』昭和十五年一月十四日に次の記述がある。
安部内閣は人望薄く「アブナイ閣」と思いしが、遂に十四日総辞職を決行
「安部」は金升の誤記で、実は「阿部」信行内閣。わずか140日の短命内閣で教科書にも出てこないだろう。アベにもいろいろある。安倍内閣を「アブナイ閣」と言った人があるのを知らない。
『鶯亭金升日記』昭和二年七月十七日に、
今日は本年最高の温度にて、十一時近くに早九十度近くなりて、正午の暑さ釜中に座するここちし、初めて社にて肌を脱ぐ
とある。華氏90度は摂氏32度。金升が今の38度(華氏100度)を体験したら、何と表現するだろうか。
昨年買った古書の中に、二重函が何点かあった。函をつけるだけでうっとうしいのに、二重の函をつけるとは信じがたい。二重函のついたものに限って頑丈な製本で分厚い表紙だ。どういうわけなのだろう。古書として買うぶんには、痛みが少ないのでいいが。英語の本はさほど見ていないが、洋物・横文字で函入というのはあるのだろうか。本の函というのは日本人が考え出したものだろうか。
帯は洋書にあるのかしら。これも日本人が考えだしたものか? 本にカバーをつけ、帯をつけ、更に書店では自前のカバーをつけたりする。これが文化というものなのか。
「ファミレス」どこが好きですか
http://news.livedoor.com/article/detail/15809882/
という記事があった。
一位ガスト、二位サイゼリヤだという。
私は両方一度だけ入ったことがあるが、二度と行きたくない。ガストは食べている途中から空になった皿を下げて行く。気分のよいものではない。サイゼリアはひどい味だった。

私の舌がオカシイのか。
金鱗堂(尾張屋清七)の切絵図で、町家はグレーで示され、町名が書かれるだけで、どこに何屋があるのか、どこに誰が住んでいるのかはわからない。
しかし、例外は必ずあるもの。「番町大絵図」の麴町六丁目に「切エヅ板元金鱗トウ」(実際は「切エゾ」となっている)と自店の所在地を示したというのは有名な話。自分の所だけ書いたのではマズイと思ったのか、麴町三丁目には「助惣」と書いてある。これは「助惣焼」の店で、どら焼きの先祖のようなもの。
「助惣」とだけ書いて「橘屋」という店名までは書いてない。江戸の名物餅菓子。道路を隔てた麴町三丁目北裏の「おてつ牡丹餅」は書いてない。店の規模に差があったのか。
ネット記事を見ていると、時々意味不明の言葉にぶつかる。今日は「レイヤーの皆さんやミニスカ」の人は寒さに注意、とあったが、「レイヤー」がわからない。検索してもそれらしき意味がない。次のページで、「コスプレイヤー」の略語だということがわかった。
https://mayonez.jp/topic/1031030
「車中泊」というのは聞いたことがあるが、「駐泊サービス」という広告を見た。調べると、飲食店でアルコールを飲んだ人が、そのまま駐車場(夜間無料)で泊まっていい、ということらしい。
梅田新道交差点に数十羽の鳩がたむろしている。時折一斉に飛び立つが、それをスマホで撮っている人もある。露天神社は狭く日当りも悪いので、ここで日光浴をしているのだろうか。ネットで検索すると、日本橋北詰も同様らしい。
http://fukunishi.blog.jp/archives/19220530.html
鳩は排気ガスを吸うのが好きなのか。とまりやすいものがあれば、どこでもいいのか。
『全集樋口一葉』全四巻(小学館)を超安値で買った。四冊で900円。実際には送料がかかるが、それでも一冊500円より安い。発売当初の定価が一冊1,900円だから、四冊を一冊分より安く買ったことになる。
驚いたのは、「前田愛」先生の名前入り献呈票が入っていたこと。第一巻のおおらかな字体を見て、「これが前田愛先生の筆跡か」と感動したが、二、三、四巻の文字と違う。私は前田先生の字を知らないので、どれが本人直筆のものなのか、わからない。
票の上には「謹呈」と印刷され、下半分に「前田愛」と書いてある。発売順に並べると、
①第四巻 昭和54年9月1日第一刷
     昭和54年9月10日第二刷
②第二巻 昭和54年10月1日第一刷
③第一巻 昭和54年11月1日第一刷
④第三巻 昭和54年12月1日第一刷
文字は全て万年筆だが、①は青、②はブルーブラック、③④は黒。
字体は①②が似ている。③はおおらかなのびのびとした筆使い。④は一番太いペン先だが、一番文字が小さい。③が一番大きい。①②はほぼ同じ大きさで字体も似ているが、インクの色が違う。
少なくとも①②、③、④と3人の筆ではなかろうかと推定する。③が前田先生本人の字だとすると、あとは誰に書かせたのだろうか。献本を受けた人は、この字を見てどう思ったのだろうか。
第四巻が九日後に版を重ねているのは、売れ行き好調だったのだろうか。
前田先生は、この八年後、平成を知らずして亡くなった。
40年以上前、東京に出た時は「東京は何て暖かいんだろう」と感動した。それでも冬の夜、足元が冷えるので「足温器」を買った。秋葉原の何か所か見ても五千円以下のものはなかった。高いなと思いながら購入したが、電気を入れると足裏部分が熱すぎる。温度調節はできず、オンかオフかしかなかった。
今アマゾンを見ると、当時の倍近く高くなっているが、強中弱と3段階に調節できるようだ。
https://www.amazon.co.jp/Sugiyama-ホット脚入れヒーター-電気足温器-NA-21SHZ-TA/dp/B00QR6TOV2/ref=sr_1_6?ie=UTF8&qid=1545690860&sr=8-6&keywords=%E8%B6%B3%E6%B8%A9%E5%99%A8
これに懲りて、以後は毛布で脚をくるみ、足元にはアンカの類を置くことにした。ここ数年は、フットヒーター+毛布。

今朝、自分の部屋で暖房を入れた。暖房といっても、足元の温熱ヒーター。クリスマスまで暖房を使わない、というのは記憶にない。地球がいかに温暖化しているか、ということがわかる。
江戸時代の文献を見ていたら、「継火」「呼火」という言葉が出て来た。「継ぎ火」とは、燃えている家から燃えさしの木材を持ち出し、道路を隔てた別の家に置いて類焼させるもの。鎮火しそうなのが不満で、火消しがこういうことをやったらしい。「呼び火」も同類だろう。
ドラマを見ていると、火災現場に集まった野次馬の写真を警官が撮っている。放火犯が野次馬に混じっていることがあるらしい。今は防犯カメラやスマホで証拠が残るが、江戸時代、「継火」「呼火」の廉で処刑された人は目撃者の証言によるのだろうか。「俺はやってない」「証拠があるなら出してみろ」などとシラを切る人はいなかったのだろうか。
大阪の牛丼屋の店員。注文は正確に聞き取ったが、復唱の発音に「?」が付く。ネイティブの日本人ではない。多分ベトナムあたりから来た人ではないか。去年、東京のコンビニ店員はほとんど外国人らしかったが、最近ではやはり牛丼屋などもそうなっているのだろうか。力士の中では鶴竜の日本語が非常にきれい。音声だけだとネイティブと区別がつかないくらいだ。
箸の使い方にもマナーがある。次のようなことはやってはいけない。宮武外骨『面白半分』第一号(昭和四年六月)より転載。
箸なまり 膾を食はんか、汁を吸はんかと箸を揚げて見合せ居る事
うつり箸 焼物を喰ふて飯を喰はず直に煮物に移る事
ねぶり箸 箸に附いた物を深く舐め取る事
こみ箸 箸にて口中へ食物を押し込む事
さぐり箸 汁の中にまだ何か有るやと探り見る事
こぢ箸 煮物又は汁の実など底にある物を箸にてこぢ起して喰ひ付く事
そら箸 喰はんとして箸をつけし物を止めて箸を引く事
さし箸 芋などを箸に突き刺して喰ふ事
せゝり箸 箸を小楊枝の代りとして歯をせゝる事
くはへ箸 汁椀などを受取る時箸を膳の上に置かず口にくはへる事
かき箸 箸にて頭をかく事
仏箸 箸を下に置かず飯の中へ突き刺す事
渡し箸 箸を茶碗の上に置く事
拝み箸 両掌にて箸を揉む人
たゝき箸 飯の代りを請求するに茶碗を箸にてたゝく事
※「せせりばし」について、『日本国語大辞典』には「箸でつつきちらして食べること。つつきちらして食べ残すこと。また、その食べざま」とある。
※ネットで「箸 マナー」で検索すると、「嫌い箸」のページがあった。◎印は外骨のにも出て来るもの。
http://www.osaka-kyoiku.ac.jp/~ioku/foodsite/hashi/manar.html
◎ねぶり箸 箸についたものを口でなめること
箸渡し     箸と箸で食べ物のやりとりをする。火葬の後で死者の骨を拾うときに同じ動作をするので縁起が悪い。
◎そら箸     食べようとして食べ物を箸でとったが食べずに元にもどすこと
にぎり箸 初歩的な持ち方、箸をにぎりしめて持つ持ち方。箸の機能を全く果たしていない。食事の途中でにぎり箸にすることは攻撃を意味して危険
二人箸    食器の上で二人一緒に料理を挟む
◎刺し箸     料理に箸をつきさして食べること
迷い箸     どの料理を食べようか迷い、料理の上をあちこち箸を動かす
指し箸     食事中に箸で人を指すこと
たて箸     死者の枕元に供える枕ご飯に箸を突き刺してたてるため周囲の人に仏事をを連想させてしまう。
◎探り箸    汁物の中を箸で探ったりして自分の好きなものを探り出したりする
重ね箸     一つのおかずばかり次々と続けて食べる
かみ箸     箸の先をかむ
◎移り箸     いったん取りかけてから他の料理に箸を移す
なみだ箸 箸の先から料理の汁などをポタポタ落とすこと、箸でとった食べ物から汁をポタポタ落とすこと
◎わたし箸 食事の途中で食器の上に箸を渡して置くこと。これをするともうご飯はいりませんという意味になる。
違い箸     異質の箸を一対にして使う
◎かき箸     箸で頭などをかく。不衛生で危険。
かきこみ箸 お茶碗を口に当てて箸で中のものをかきこんで食べる。
寄せ箸    食器を箸で手前に引き寄せる
◎たたき箸 ご飯を頼むときに茶碗をたたいて頼む
※私は外骨の言う「せゝり箸」をする人を見たことがある。こんなことをするのはろくでもない奴だ。
巡査という名称は明治七年二月から始まる。それ以前は「邏卒」と言った。この名残は今もある。子供の頃、近くのパン屋入口横に「警邏箱」というのがあった。今でも、「警ら箱」というのを見かける。警邏箱の中身は知らないが、昭和末からか、「警察官立寄所」と書いた紙がペタペタ貼られたことがある。警官が立ち寄っているのを見たことがない。その後、自転車の前籠に「パトロール中」と書いた紙を貼るのがはやった。パトロールなどしていない。「猛犬注意」という貼札と同様か。
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