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気が向いたら思いついたことを書いてみます
珈琲・紅茶を飲む人が増え、日本茶を飲む人が減ったせいか、「茶」にまつわる言い回しで、死語となっているものが多い。
茶人(物好き)
茶にする
茶になる
茶の十徳
茶の間
茶腹も一時
茶瓶頭
茶ぶるまい
茶坊主
茶盆
茶枕
茶店
茶碗と茶碗
茶を言う
茶を入れる
茶を濁す
茶を挽く
「お茶を入れる」「お茶を濁す」ぐらいは使わないでもないが、他の言い回しは現在一般には使われないだろう。
「おちゃっぴい」は、現代語では「ヤンキー」か。ちょっと違う感じもする。
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天保四年の『当世千代保くれ』に、
ちよつと時候の御見舞なんどに、羽二重縮緬五匹十匹、菓子折袴地なんの彼のとて、名目ばかりで生で握らせ、百や二百の小判はちやあぷう
とある。
『日本国語大辞典』には、
【ちゃあふう】無駄になくしてしまうこと。台なし。また、そのさま。めちゃめちゃ。
とある。
「ちゃあふう」とは、今は使わない言葉だ。今なら「パーにして」とでも言う他ないか。
『団々珍聞』第九百廿七号に、「ば歌『ひめがや』」が載っている。
娼(ひめ)がやへ。千夜に八千夜に。かよふ身の。のろけとなりて。白痴(こけ)のむすまで
こんなのを掲載して、よく発禁にならなかったものだ。
ニュースの見出しに「新潟下越」とあるのに驚いた。
上越・中越は聞いたことがあるが、「下越」というのは初耳だ。
ネットを見ると、新潟県は上中下に三分されるという。
http://youngecon.com/niigata-area-naming/
新潟市は中越でもよさそうだが、何故下越なのだろう。
倉田喜弘編『明治の演芸』によると、明治二十二年十二月二十九日の『東雲新聞』に、
生れは伊勢国鈴鹿郡大岐須村なりとか、伊勢川扇女と云へるは、身の丈け八尺余、ゆき二尺五寸、手のひら一尺一分、足の裏一尺五寸、目方は三十八貫あり、それで年齢は十六歳二箇月なりとは、驚く可き大女ならずや。当る一月一日より千日前の木村和席に於て、此大女そが甚九、手踊などを興行する由なるが、是れ抑も造化の戯れか、世には様々の畸形も有れば有る者なり。
とある。八尺とは2.4メートル、三十八貫とは142.5キロである。
『日本国語大辞典』も立派ではあるが、新聞データベースも充実したことだし、デジタルデータを使って、紙数・文字数にこだわらない、デジタル版の大辞書を作ってもらいたい。
国語辞典で「あたる」を引くと、動詞の説明しか載っていない。
昔の寄席のビラなどでは、「来たる」の意味で、
当ル一月上旬
と連体詞として使っていた。ゲン担ぎである。
これは、俗語・業界用語として、無視されるのだろうか。国語辞典百数十年の歴史の中で、一書ぐらいは連体詞「当る」を説明したものがあってもよいと思うのだが。
子供の頃、「糠味噌が腐る」という言葉を聞いた。
大正九年『秘密辞典』に、
【糠味噌が腐る】歌ふ声などの悪しき形容。
とあるが、広く「音痴」をも指すのではないか。
糠味噌のある家が減ったせいか、死語のようだ。
「新世帯」の読みはいろいろある。
あらじょたい
あらぜたい
しんしょたい
しんじょたい
しんぜたい
徳田秋声の小説は「あらじょたい」。
「程」を「程度」とだけ解釈してはいけない。
これほどのものを書く人なれば、さぞかし程のよい人なるべし、顔見たや、顔見たやと、あこがれてゐる
この「程のよい人」の「程」は「程度」ではない。
程のよいのにツイほだされて
この「程」も同様。「ほだされて」という言葉も最近聞かない。
金や富貴は誠にやならぬ程のよいのに気が迷ふ
金がなくても「程」がよければいいらしい。
年が違おが女房があろが程のよい人誰も好く
年の差があっても、既婚者でもかまわないという。
とかく浮世は侭にはならぬ程のよい人実がない
この「程」はいい意味ではない。「程度」でない「程」にもいろいろあるようだ。
「スズノスケ」という名前の人がいるのには驚いた。「スズノスケ」といえば、「赤胴鈴之助」だ。小学校低学年の時、ラジオドラマを聞いていた。『少年画報』は買ってもらった記憶がない。「少年画報社」がいまだに存在していることにも驚いた。
『筑摩書房の三十年』を読んだ。
社史というよりは古田晁の伝記といった感じだ。
社史編纂室ではなく和田芳恵の手になったのがよかった。
こういうものは二度と現れないだろう。
ここに描かれた人々は皆あの世に行っている。和田が用いた資料を、何の遠慮もなく使ったら、もっと面白い本ができるのだが。
「袖を絞る」「袂を絞る」と言っても、今の若い人にはピンと来ないだろう。
「枕が浮く」ほどではないにしても誇大表現には違いない。
更に「袖」「袂」を意識することもないだろう。
今「絞る」といえば、タオルぐらいか。ない知恵はいくら絞っても出てこない。
近松門左衛門『雪女五枚羽子板』(宝永二年)には、
一ト二ウ三イ四ウ五ツ七八ア九
とあり、「六」がない。
行智編『童謡集』(文政三年成)には、
一子にふたご、三わたしよめご、だんのふやくし、あすこのやじや十う、こゝのやじや十う
とあって、「六」がない。
万亭応賀『幼稚遊昔雛形』(天保十五年)には、
ひとごにふたご、みわたしよめご、いつよにむさし、なアンのやくし、こゝのやぢやとをよ。
とあり、1から10まで揃っている。
「ひとごにふたご」という文句を聞いたことがある。時代劇か何かだ。
ネットで検索できた「羽根つき唄」は、
ひとごふたごみわたすよめごいつきてみてもななごのおびをやのじにしめてここのまちとおる
となっていて、「ひとごに」の「に」が抜けているし、「6」に相当する言葉も抜けているのではないか。
次の文句は1から6までしかない。
ひとごにふたご身はよめごいつかむかしのささめごと
ひとごにふたご身はよをしのぶいつかむかしのさゝめごと
次の竹久夢二『あやとりかけとり』の文句は、「6」が欠けている。
ひとごに、ふたご、みわたしや嫁御。斜子の帯を矢車にしめてこゝのよで十よ。
1から10まで揃った文句はないものだろうか。
現在では皇族以外の人々に身分制度というものはない。しかし、大日本帝国憲法下では、「華族」制度があった。いつの世も金次第。江戸時代には、旗本・与力・同心などの身分が金で買えた。明治大正にも爵位は金で買えたようだ。
『驥尾団子』第二百三号(明治十五年)掲載の上田花月狂歌の詞書に、
蓮の花は其様気高し云ば能好(のうずき)なる馬華族の紅葉館に舞たらんが如し
とある。
紅葉館とは、今の東京タワーの所にあった会員制の高級料亭。政治家・実業家・文人・華族・軍人の社交場として使われた。
『滑稽新聞』第十号(明治三十四年)には架空の判決文が掲載されているが、その被告は、
住所不定馬華族
 風俗新聞編輯兼発行人
       小山難太郎
となっている。
検事が小野村夫、判事が富田源助・荒間伊弥太・南野琴造、書記が忠海浪人となっていることからも、実際のものではないことが明らか。
共に「華族」あるいは「華族制度」を「馬鹿」にしているようだ。
書物の誤記誤字を訂正するのに、いろいろな方法がある。巻末に一覧を掲げるもの、紙片を挟むもの、紙片を貼るもの等。普通は「正誤表」「訂正表」などと書いてあるが、川柳子は流石凝っている。今井卯木『川柳江戸砂子』(明治四十五年)巻末には、
焉馬魯魚
とあった。
鶯亭金升『明治のおもかげ』昭和二十八年初版の254ページに
本泉寺の温泉
とある。
吉野にあるのは「東泉寺の温泉」で、「本泉寺」などという所はない。現在は「湯泉地温泉」と言う。
では、なぜ、このような誤植が生まれたのか。それは、「本」のくずしと「東」のくずしが似ているからだ。
「東」のくずし字
http://codh.rois.ac.jp/char-shape/unicode/U+6771/
「本」のくずし字
http://codh.rois.ac.jp/char-shape/unicode/U+672C/
金升は原稿に「東泉寺」と書いたのだが、文選工・植字工が「本泉寺」と読んでしまった。これは無理からぬことである。
昭和二十八年九月十八日、初校が出た。十一日かけて校正を終えた。時に金升八十五歳。若干の見落としはやむを得ないだろう。金升の校正はこれ一回のみだったようだ。
私は「東」をくずして書くことはないが、「本」は面倒な時くずしてしまう。しかし、若い人はこれを読めなかった。
『日本国語大辞典』の「きつね」の項目には、
②ハ(化粧をして男をたぶらかすというところから)芸妓、娼妓、遊女、女郎をののしっていう。
②ニ(したたかでずるく、遊客にこびへつらうというところから)「→たいこもち(太鼓持)①」の異称。
とあるが、「たぬき」の項目には、具体的な職業・人物を表す説明がない。「きつね」項目担当者と「たぬき」項目担当者の力量の差が出たということか。
宮武外骨『滑稽辞林』(安田書店。明治三十六年)に
たぬき 幇間、又はズルイ奴
とあり、
横江鉄石作『痛快節』には、
ヱライ決心東雲ならぬ、法官社会のストライキ、骨のないのは海鼠に海月、たぬき幇間タイコモチ(添田唖蝉坊『流行歌明治大正史』〈春秋社。昭和八年〉による)
とあるのだから、「狸」が「幇間・太鼓持ち」を指していたこと、明らかである。
紙の辞書ならいざ知らず、今後、電子版の大規模辞書は文字数に関係なく記述できるだろうから、その項目記述に関わった人物の氏名を明記すべきだろう。
子供の頃、母親が「豆腐の角に頭ぶつけて死んじまえ」と言うのを聞いたことがある。「味噌汁で顔洗って出直してこい」という言葉を聞いたのは五十年程前のテレビか。
こういう表現は国語辞典には掲載されないだろう。「諺」でもない。「罵倒語」か。
長野伸江・奥山益朗・真田信治といった人々が罵倒語・罵詈雑言の本を出しているが、未見。
大正九年刊『秘密辞典』に、
【おつけで顔洗へ】目を醒せといふこと。おつけは汁のことなり。
とあるので、母の言葉を思い出した。
この『秘密辞典』というのは面白い。
此の書に収めたる詞は、他の普通の辞書などには、無いものが多いと思ひます。本書に収むる処は、隠語、略辞、謎、俚諺、地口、洒落、俗説、符牒、記号、外来語、新流行語、特殊階級語、方言などです。
と標榜している。編者・自笑軒主人とは何者かと思ったらネットに記事があった。
自笑軒と号した田端の杉本僖平
https://jyunku.hatenablog.com/entry/20110723/p1
しかし、田端の天然自笑軒は宮崎直次郎の店で、杉本僖平とは謎の人物とのこと。
本のタイトルにゴチック体が使われるようになったのは、いつ頃からだろうか。
ゴチック体というからには、西洋から入ってきたものとばかり思っていたが、ウィキペディアによると、
日本などの東アジア圏のフォントで使われる書体。
西洋において「Gothic」と言うと単に「ローマン書体以外の文字」と言う意味しかなく、ブラックレターなども含まれるかなり広い概念であるため、西洋では通用しない言葉である。
とあるので驚いた。ウィキも起源を明確にしていないが、大正8(1919)年1月1日付の朝日新聞記事にゴチック体が見られるという。
それなら、明治時代の文献にゴチック体を見付けたとしたら、大発見ではないか。
今日は、明治十三年刊の『花柳事情』(酔多道士)の題簽文字がゴチック体であるのに驚いたところだ。
https://base1.nijl.ac.jp/~kindai/img/RTJB/RTJB-00237/RTJB-00237-01.jpg
和紙・和本仕立てでゴチックを使っているのだから、これが最も古い例か。
寡聞にして江戸時代の文献にゴチック体が使われていたというのを知らない。
『花柳事情』の表紙が後補という可能性もないではないが、国文学研究資料館・早稲田大学蔵本、及び古書店で出ている複数の『花柳事情』の全ての表紙(題簽)がゴチック体である。初版時にゴチックで書かれたものだろう。
中国では、商店のことを「行」と言う。日本もこれを真似て「銀行」を作った。内田洋行という会社は、中国で創立されたとのこと。
中国語で、会社のことを「公司」と言う。日本で「……公司」という会社があるのかどうか、知らない。
2020年から小学校で英語教育が必修になるという。
http://www.peppy-kids.com/course/english2020.php
矢野龍渓が小学校での英語教育を提唱したのが明治四十四年(『龍渓随筆』)だから、109年後に実現したことになる。龍渓は、その余りの遅さに苦虫をかみつぶしているのではないか。
私は小学校五年か六年の夏休みに、近くの簿記学校に行くように親から言われた。小学生向けの夏季講座のようなものだったが、小学校の教科書とは関係なく、英語・国語・算数を教わった記憶がある。英語は先生が黒板に書き、「ノートはとらなくていいですよ」と、文字を書くことはなく、会話の練習のようなものだった。
矢野龍渓『閑話集』に、
嘗て予の家に出入せし直実無文の人あり、書物の頁を「ヘージ」と称へ、決して「ページ」と言はず、其の故を問へば、「ページ」とは口に調好(てうし)を附けたる下賤の言葉にて本来は「ヘージ」なるべし、然るを皆口癖に「ペー」と圏点を加るものと思ひ居れりと答へたり
とあるので笑った。中学校一年の時の技術家庭の先生が、「ページ」と言わず、「ペーシ」と言っていた。彼の理由はこの直実無文の人とは違うだろうが、真意はわからない。
ネット記事に、
こういったフックになるお店をしっかりラインナップできるかというのは勝負の分かれ目になるといってもいい。
https://toyokeizai.net/articles/-/284033?page=3
とあった。
ニュアンスはわかるが、「フック」の意味がわからない。『日本国語大辞典』を見ても、それらしき説明はない。ウィキを見ると、
つかみ - 芸能で、客を引きつけるためのしかけ。
とあった。これだ。『新英和大辞典』を見ると、
《米》〈人やものを〉引きつけるもの、誘惑するもの;わな。
とある。
ネットの記事に
晴海から見晴るかす東京都心の眺めは絶景だろうが、
とあった。
https://biz-journal.jp/2019/06/post_28169_3.html
「ハルミ」「ミハル」と洒落ている。筆者は牧野知弘。不動産事業プロデューサー。
この人は「見霽かす」という古い言葉をどうして知っているのか。学識があるから、といえばそれまでだが、私の小学校の校歌が「みはるかす」で始まるものだ。ひょっとして同じ小学校の卒業か、とも思うが、大学以前の学歴はネットではわからない。
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