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気が向いたら思いついたことを書いてみます
千代田遺産の「行人坂」の説明板の記述もオカシイ。
説明板には、次のようにある。

この坂を行人坂といいます。『新撰東京名所図会』には「行人坂、上六番町と中六番町との間を南の方に上る坂を称す」とかかれています。また、『御府内備考』にも「行人坂、古某法印と称する行人この辺りに居するゆえにこの名あり。また法印坂とも呼び或は転化して法眼坂という」とあります。もともと一連の坂を起伏により東郷坂、行人坂、南法眼坂と三つの名に分けてよんだものであり、法眼坂の名称だけの地図も多いようです。

ところが、
『新撰東京名所図会』第十九編麴町区之部下巻之二の
●番町 ○地理 の部には、

行人坂 上六番町と中六番町との間より。南の方に上る坂を称す。

とある。「間より」を「間を」と勝手に書き換えている。

更に問題なのは『御府内備考』の方だ。
『大日本地誌大系第一冊』(大正三年)の『御府内備考』巻之六御曲輪内之四 には、
  行人坂
裏六番町・表二番町の間にあり。中比この坂の傍に、何がしの法印といふ行人住居せし事あり。ゆへに行人坂といふ。或は法印坂ともいふ。法印坂を誤て法眼坂と云ものあり。【江戸紀聞】

とある。全然記述が違う。昭和四年版も大正三年版と全く同じだ。
千代田区の説明板の記述は、どこから持ってきたものか。ここにはルビが全くないが、「古某法印と称する」をきちんと読める人がどれだけいるだろうか。

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