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気が向いたら思いついたことを書いてみます
正岡容は、「落語時世相」(昭和十五年十二月)で次のように書いている。
ここもとの新体制下に上演禁止の落語(甲乙丙丁に分類された、その丁の部である)が、五十三種ある。上演禁止と云つたとて、当局から禁止されたのではなく、彼らが所謂自粛自戒の禁止である。その証拠には、謄写版印刷に附されてゐるこれら上演禁止落語一覧表をその筋へ提出しにいつたら、先方では、では此は参考に止め置くと云ふ程度に受理して置かう。なぜならハツキリ禁止を承認したとなると、以後の問題が大へん喧しくなるし、又、地方出のお巡りさんなどでこの物語の筋を知らないものには一人一人に五十三種の筋書を与へ、寄席入場のさいそれを対照にしては万一の違反者に備へなければならない。さうなると万事万端が極めて七面倒なことになつてしまふから、よろしくこの種の中でも改訂して上演できるものは適宜におやりなさいと云ふ、大へんさばけた話であつたさうだ。どうも今次の新体制に対する演芸界の連中にはこの種のゆきすぎが、まことに少なくないやうである。
ウィキペディアの「禁演落語」の項には、
戦時中の昭和16年10月30日、時局柄にふさわしくないと見なされて、浅草寿町(現台東区寿)にある長瀧山本法寺境内のはなし塚に葬られて自粛対象となった、廓噺や間男の噺などを中心とした53演目のこと。戦後の昭和21年9月30日「禁演落語復活祭」によって解除。建立60年目の2001年には落語芸術協会による同塚の法要が行われ、2002年からははなし塚まつりも毎年開催されている。
と、「自粛」とは書いているが、「見なされて」と当局の圧力があったかのような書き方である。
実際、冒頭には、
禁演落語とは、国家権力などによって自粛を強いられ、事実上、上演を禁じられた落語のことである。
と書いている。当局の圧力はどの程度あったのか、講談落語協会顧問・野村無名庵に聞いてみないと真相はわからない。この件について、彼の書き残したものはあるのだろうか。
野村無名庵や当時の落語家達を批判する資格は我々にはない。今は人権問題がやかましく、差別的な言葉は使えなくなっている。権力者におもねる大新聞もある。
https://www.mag2.com/p/news/427257
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