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気が向いたら思いついたことを書いてみます
吉田絃二郎は『夏雲雑草』で、
ずつと以前、山の手線ができたばかりのころは、根岸に住んでいたので、鶯谷から山の手線に乗つて――その頃は院線といつていた――大塚、渋谷、品川と山の手線を一周して来ることによつて、充たされない旅の心をいくぶんか充たしていた。実際あのころは、田端も、大塚も、目白も、目黒も見渡すかぎり草の原であり、タンボつづきであり、見るものとては武蔵野の自然のみであつた。電車の中とてもまことに閑散なものであつた。だから一時間ばかり山の手線に乗つていると、ちよつとした旅でもしているような気になれたものである。
と書いている。山の手線の環状営業が始まったのは大正14年だから、これは昭和初期のことか。
これとはかなり趣を異にするが、昭和末期、阪急神戸線に乗った時、武庫之荘駅付近に田圃がたくさんあったのに驚いた経験がある。
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