忍者ブログ
気が向いたら思いついたことを書いてみます
某学院長解雇に関連して、
文系の学問において資料の実在を証明するものとは何か
https://anond.hatelabo.jp/20190510230425
という記述があった。この人は歴史研究者のようだ。結論は次のとおり。
注はちゃんとつけよう。もしもあなたが捏造者でなくとも、研究不正をしていなくとも、実験ノートをつけない我々の業界において潔白を証明してくれるのは注だけなのだから。注だけが資料の実在を証明してくれるのだから。本の売上よりも、あなたの保身のことを考えよう。あなたが、部屋が汚いとかハードディスクがお亡くなりになったとかパソコンの買い替え時に行方不明になったとかの色々な理由で、史料の「写し」を紛失する日はきっと訪れる。そのときに、これまでのあなたの研究の誠実性を証明できるのは、人文系の学問においては、注だけなのだ。
注にも二種類ある。この人が言っているのは「研究注」。研究論文・研究書において、典拠・レファレンス・補足を記すものだ。これについては、紙幅の都合がない限り、無理に注にせず、本文で記述してもよいと私は考えている。これとは別に、古典文学などについて、難しい言葉に説明をつける「語注釈」がある。
岩波文庫『幕末の江戸風俗』を出すことになった時、「注を付けてください」と言われ、そこから悪戦苦闘が始まったが、やってみると楽しい。江戸時代のことは当然だが、明治時代のことでも調べないとわからないことが多い。日本近代文学作品にまとまって注がつけられたのは、角川書店『近代日本文学大系』が嚆矢だろうか。最近では岩波書店『新日本古典文学大系 明治編』でも注がついた。今後は、大正・昭和のものについても注釈が必要になってくるだろう。
PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
[2345] [2344] [2343] [2342] [2341] [2340] [2339] [2338] [2337] [2336] [2335]
カレンダー
07 2019/08 09
S M T W T F S
1
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
カテゴリー
フリーエリア
最新コメント
最新記事
最新トラックバック
プロフィール
HN:
gwaikotsu
性別:
非公開
バーコード
ブログ内検索
忍者ブログ / [PR]
/ Template by Z.Zone