忍者ブログ
気が向いたら思いついたことを書いてみます
杉森久英が「東京大学国語国文学会会報4号」に「国文出身の作家、編集者」という文章を寄せている。

国文を出て作家になったひとは、明治四十二年卒の中勘助氏が最初である。それからずつと空白がつゞいて、大正十三年に川端康成氏が出ている。明治十九年に最初の卒業生を出して以来、明治年間と大正年間にひとりずつの作家を世におくつただけである。そのころまでの国文科にも、それとも、そもそも大学の文科には、作家の育つ空気が稀薄だつたのだろうか。たとえば谷崎潤一郎氏も国文に籍をおいた。しかし中さんが卒業した同じ四十二年に授業料不払いの廉で諭旨退学になつている。
しかし、鹽井雨江、武島羽衣、大町桂月、が明治二十八年に出、尾上柴舟が三十四年に、木下利玄が四十四年に出ている。文学的空気がなかつたわけではない。たゞ、今日考えられるような文学的空気とはすこしちがうようである。
昭和になると、商業ジヤーナリズムの発達にともなつて、文壇への進出が目立つて来た。二年の久板栄二郎氏、三年の舟橋聖一氏、四年の福田清人氏、堀辰雄氏。五年の藤澤桓夫氏、八年の中島敦、十一年の田宮虎彦氏、十五年の梅崎春生氏、十七年の阿川弘之氏等がある。昭和二年には鹿地亘氏も出ているが本名は瀬口實である。

これが書かれたのは昭和二十七年。杉森久英は「河出書房編集部員」とある。末尾に

今から何年かして、誰かがこのような文章を書いたとしたら、僕が上に挙げたリストとどんなに違つたものができるだろうか、たのしみである。しかし、はかないことである。

とある。「はかないこと」とは、「それまで生きていられないだろう」ということなのか。杉森は1997年没。晩年に続編を書いてもよかったのに。

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
[609] [608] [607] [606] [605] [604] [603] [602] [601] [600] [599]
カレンダー
01 2020/02 03
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
カテゴリー
フリーエリア
最新コメント
[02/28 長財布 メンズ スーパーコピー]
最新記事
(01/23)
(01/22)
(01/21)
(01/19)
(01/18)
(01/18)
(01/16)
(01/15)
(01/14)
(01/13)
最新トラックバック
プロフィール
HN:
gwaikotsu
性別:
非公開
バーコード
ブログ内検索
忍者ブログ / [PR]
/ Template by Z.Zone