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気が向いたら思いついたことを書いてみます
今朝の新聞一面コラムは「小沢昭一」を書いているものが多い。小沢昭一にはコラムが似合う。「小沢昭一の小沢昭一的こころ」はラジオのコラムだった。以下、社説リーダー及び各紙サイトから初めの方だけを掲げる。物書きの文章だけあって、いずれもすばらしい。一番ひねったのは「産経新聞」だ。花巻東高の大谷翔平投手について語ると見せて、それを枕に小沢昭一を描いている。一番けしからんのは「読売新聞」だ。社説リーダーでもサイトでも「編集手帳」を公開していない。これで日本一の発行部数だなどと言っているのだから、チャンチャラおかしい。ある新聞に「昭和4年(1929)生まれ」とあったので、「(1929)」を削ったところ、別の新聞に「小沢昭一には西暦は不似合いだ」とあったので苦笑した。全文は社説リーダー又は各紙サイトで。

◎朝日新聞「天声人語」
 小沢昭一さんは、変哲の俳号で句作をたしなんだ。〈夕刊をかぶり小走り初時雨〉。その夕刊の、雨よけに使えば真っ先にぬれる1面に、83歳の訃報が出た。怪しげな役で光る名優として、民衆芸能の語り部として、まさに変哲だらけの、代えの利かない才人だった
◎日本経済新聞「春秋」
 昭和30年代あたりの日本映画を見ていると、小沢昭一さんがやたら出てくる。そば屋の出前持ち、盛り場のチンピラ、少年鑑別所の先生、正体不明の中国人バイヤー……などなど脇役が多いけれど、作品をぴりりと引き締めて存在感抜群で、あとあとまで忘れられない。
◎毎日新聞「余録」
  俳優の小沢昭一さんが子供のころに住んだ東京・蒲田では週に3日は夜店が出た。うち「千里眼」という露店では客の悩み事を書くと、あぶり出しで答えが出るという紙を売っていた。ある客は「どうして女にもてないのか」と書いた。あぶり出すと「鏡を見ろ」と出る。感心した小沢少年は紙を買ったが、問いと関係ない答えしか出ない。もてない客と露店主とが連れ立って歩くのを見たのは後のことだ。当時の家には三河万歳など門付け芸人がよく来た
◎産経新聞「産経抄」
 俳優の小沢昭一さんは、常々自分の仕事を、投手ではなく「打者型」と評していた。「自分からやりたいってのが一つもない。全部、向こうからきたのを打つだけの請負仕事」なのだという。といっても、単なる謙遜ではない。昭和48年1月に始まったラジオ番組「小沢昭一の小沢昭一的こころ」は、体調を崩して今年9月に降板するまで、1万355回を数えた。毎週日曜日には、翌日の収録に備えて家にこもってきた。台本が真っ赤になるほど書き込み、「昭一的こころ」にする作業に没頭するためだ。
◎北海道新聞「卓上四季」
夏ならば日が傾きかけ、冬ならばとっぷりと暮れたころ。ラジオから流れる軽妙なお囃子に続く、ひとり語り。耳を傾けていると凝り固まった心がふんわりほぐれていく。俗っぽかったり、艶っぽかったり、しんみりさせてくれたり。日々お題は違っても、「そんなしゃかりきになりなさんな」とさりげなく諭してくれていた
◎秋田魁新報「北斗星」
 車の運転時を除き、ラジオを聞く機会はあまりないが、たまに聞けるのを楽しみにしていた番組がある。必ずや「ニヤッ」とさせてくれる小話に出合えるからだ。「全国平均ダメお父さんへの応援歌」と銘打った「小沢昭一の小沢昭一的こころ」。秋田ではABSラジオで放送されている1万回を超す超長寿番組だ。その番組の主である小沢さんが昨日、83歳で亡くなった
◎東京新聞「筆洗」
 取材のため、海軍兵学校の名簿を調べていた時、おやっと思う人の名前に目が留まった。俳優の小沢昭一さんだ。当時、当たり前のように軍国少年に育った十六歳は兵学校の予科に進み、半年もせずに敗戦を迎えた。実家のある東京・蒲田に戻ると、一面が焼け野原。祖母は空襲で亡くなっていた。灯火管制が解かれて、焼け跡にぱっと明かりが灯った時には、「あー、ありがてぇなー」と涙が出るほどうれしかった、と本紙の連載「この道」で述懐していた
◎新潟日報「日報抄」
 師走に入り、多芸に花を咲かせた才人の訃報が続く。中村勘三郎さんを追うように、小沢昭一さんが亡くなった。「仕事は何でもやってきたが基本は役者一筋のつもり」と生前語っていた。芝居に俳句、ラジオ出演、ハーモニカ、芸能研究…引き出しが多いから、本県にも公演や句会、取材などでしばしば来訪した。飾らぬ人柄と語りに魅せられた向きも多いに違いない
◎中日新聞「中日春秋」
 小沢昭一さんは、九十九歳になったその日の夜に、この世を去ることを期していた。誕生日は四月六日。人間は生まれた日に死ぬべきもの、というのが持論だったらしい。辞世の句も幾つか用意してあった。映画のロケ中に崖から落ち、大けがをしたことがある。その時思ったそうだ。いざとなったら、とても辞世の句はできない。つくっておこう。そこで一句<出来すぎと思うわが世の春惜しむ>。こんな句も。<あと三日生きて香奠調べたし>
◎静岡新聞「大自在」
 「昭和ヒトケタ」という言葉を聞かなくなった。文字通り昭和元年から9年までに生まれた世代。年端もいかない頃から軍国主義教育をたたき込まれ、死を覚悟する年齢に成長して敗戦を迎えた。きのう亡くなった小沢昭一さんは昭和4年生まれ。「神国日本」を信じる「少国民」として育ち、海軍兵学校に進んだ。入った日から急に死を身近に、恐怖に感じて後悔したという。▼気が休まる暇のない兵学校生活で、ほっと息をつけるのは便所にいる時だけ。そんな時、幼い頃から夢中になった落語を心の中でつぶやいた。「鋳型にはめ込まれる生活の中で、必死に自分を取り戻そうとしていたのかもしれない」と後年、書いている
◎北国新聞「時鐘」
 その場しのぎに生きてきてまた師走。亡くなった俳優小沢昭一さんの句である。享年83。俳号は「変哲」。変態哲学の略だという。10年前に「私の人生残り5年」と語ったインタビューがある。幸せは、ささやかなるを極上とするとの信条をもっていた。5年だけ長生きして師走に逝った。「ちょうどいいや」の小沢節が聞こえてきそうだ
◎神戸新聞「正平調」
あれこれ、この人にふさわしい単語を思い出してみる。昭和、放浪、大道芸に軍歌…と挙げながら、最後は「地べた」に行き着く。物売りの声、見せ物の口上、新年の門付け、浪花節。きわどい性談議もあったし、お父さんたちの応援団でもあった。あれもこれも高いところではなく地べたから見た光景だったと、俳優小沢昭一さんの訃報を聞いて思う
◎中国新聞「天風録」
 地獄にきたのかと、16歳の少年は肝を冷やした。敗戦直後、防府の海軍兵学校分校から郷里の東京へ戻る汽車が、広島駅で動かない。闇に浮かぶ火の玉に見えたのは、原爆の犠牲者を荼毘に付す炎だった。俳優小沢昭一さんが晩年に語ったヒロシマ。そのにおい、あの日を終生忘れないと、著書「僕のハーモニカ昭和史」にある。戦地に行って死ねと教えられてきた。それが「人間の命は何にもまして尊いという考え方に切り替わった」
◎愛媛新聞「地軸」
「映画は飛び出そうがへこもうが、結局は中身次第なんであります。アバターもエクボ、なんてね、ごほ、ごほ」軽妙洒脱、ひょうひょうとして芯の通った語り口が、今も耳によみがえる。俳優の小沢昭一さんが亡くなった。近づく年の瀬と寒の嵐に追われるように逝ってしまった昭和の粋人を惜しむ。印象は、やはり声の人、語りの人。「今週は○○について考えるっ」―1973年に放送開始、昨年1万回を超えた人気長寿ラジオ番組「小沢昭一の小沢昭一的こころ」は、たった10分なのに上質の落語を一席聞いたようなおかしみがあった
◎徳島新聞「鳴潮」
 あの軽妙な味のある語り口を聞けなくなると思うと、寂しさが募る。年の瀬に敬愛する人の訃報に接し、心の中を寒風が吹き抜けるような気がした。俳優の小沢昭一さんが亡くなった。83歳。まだまだ活躍できた人なのに残念でならない。小沢さんといえば、39年間も続いたラジオ番組「小沢昭一の小沢昭一的こころ」が頭に浮かぶ。政治から芸能まで、その時々のテーマを、歯切れよく縦横無尽に語っていた。何をテーマに、どんな批評をしても嫌みがなかったのは、小沢さんの飾らない人柄もあったからだろう。常に名もない庶民の味方だった
◎西日本新聞「春秋」
 俳優の小沢昭一さんは放浪芸研究家でエッセイストでもあった。ミニコミ誌の草分け「話の特集」の元編集長が主宰する「話の特集句会」にも参加していた。俳句づくりは「近所の仲間と碁でも打つ感覚でやっています」と話していた。気分を変えたいときは、ちょっとあらたまって「友人と茶話会でも催す、そんな感じでもあります」とも話していた。〈落第や吹かせておけよハーモニカ〉。放送が1万回を超えたラジオ番組「小沢昭一の小沢昭一的こころ」で語り芸を究めた小沢さんは、ハーモニカの名手としても知られ、“吹き語り”公演も続けた
◎熊本日日新聞「新生面」
 夕方、ラジオから流れてくるあのお囃子[はやし]。ターン、タ、タ、ターン、タ、タ、ターン、ターン、ターン…。仕事に追いまくられていようと、家庭に心配事があろうと、耳を傾けたくなったものだ。「小沢昭一の小沢昭一的こころ」は、40年近くも続いたお化け番組だった。主人公の「宮坂さん」は妻の尻に敷かれたサラリーマン。愚痴をこぼしながらも、行きつけのバーでちょっと下ネタを披露。情けなくも頑張って生きる庶民の姿ににやりとし、体の力が抜けた
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