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気が向いたら思いついたことを書いてみます
人文学オープンデータ共同利用センターが、
江戸マップβ版 を公開しているのを知った。
http://codh.rois.ac.jp/edo-maps/
その中の
〔江戸切絵図〕. 御江戸番町絵図
を見ると、
東西に延びる、堀端一番丁通りと裏二番丁通りの間、現在の番町中央通り と、
南北に延びる、御厩谷のある通り、現在の大妻通りと半蔵門駅通りの間 との交点付近、
現在の建物でいうと、一番町4の「一番町鈴木ビル」「一番町ハイム」などの北側、
三番町5の「シエルトーレ三番町」の南側にあたる道路部分に、
[10-034]ミコ之坂ヵ(ミコ之坂ヵ)
と書いてあるのに驚いた。
江戸に「ミコ之坂」などという坂があったとしたら、大発見ではないか。聞いたこともない。
この「江戸マップβ版」の「〔江戸切絵図〕. 御江戸番町絵図」では、マーカーに遮られて原図の文字が読めないので、
『江戸切絵図集成』第四巻の同図を見ると、
コミ坂
と書いてある。「ゴミ坂」のことだろう。その証拠に、嘉永二年刊の『番町絵図』(近吾堂)には、
ハキタメ坂
とある。「ハキダメ坂」だろう。「ゴミ坂」も「ハキダメ坂」も似たようなものだ。
「江戸マップβ版」は、
国立国会図書館などが公開する古地図「江戸切絵図」に対して、IIIF Curation Platformの仕組みにより様々な情報を統合し、歴史ビッグデータや歴史GISの研究に活用します。
とのことだが、大元のデータを読み間違えているのでは何にもならない。
まともな研究者なら、「コミ坂」を「ミコ之坂」などと読んだりはしないだろう。これも、某テストの採点や、某図書館の書誌作成などと同様、学生アルバイトか外注かに任せているのかもしれない。
話は変わる。尾張屋版はそっけないが、近吾堂版では、言い訳をしたり、探索の至らないのを歎いたりする文章が書込まれている。「上水北小日向小石川辺図」(嘉永五年)には、
図中地勢凸凹多く、道路出没繁し。低きより高きを望て、高きより低を臨むか如くならんとす。いかんそ是を掌に見るかことくするを得ん。たゝ其要ハ順路をしるのミ。
とある。
先の「ゴミ坂」「ハキダメ坂」も、Google Map で交差点から東を見ると、今でも見事に下り坂になっているのがわかる。この百五十年間の文化文明の進歩にはすさまじいものがある。ただ、文字を読むのはAIでも難しいようだ。先の「ミコ之坂」などと誤読したのは、坂道の表示「|||||」の一部を文字と誤認したがためであろう。
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