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気が向いたら思いついたことを書いてみます
「ノーチャブ」という言葉がある。「ノーパンシャブシャブ」の略語ではない。
『神戸新聞』大正十一年四月二十四日の「どん底の生活」という記事に、
その内実は飯屋で最も倹約した十二三銭のところで一食しあと二食は残飯で露命をつないでいるのだ。しかも未だこうした内は残飯にしろ人間並にお米が食えるからいいとして、その残飯さえ食えない様になって来ると金魚チャブといってパンを噛じって一時をしのいだりお腹に保ちのいいコンクリ飯と彼等仲間で呼んでいるコワ飯を一日五銭の分一杯位で我慢したりするのであるが、コンクリ飯や金魚チャブさえやれない様になると川越チャブと称して芋を二銭か三銭位噛って一日を過すのである。それがもっとひどくなって芋も買えなくなると愈と最後の手段たるノーチャブというひどい段取になり水だけ呑んでは一日を過しているという有様、まことに惨めな吾吾が思いもよらぬ生活で、こうなっては全く牛馬同様ただ生きているに過ぎない。いよいよこうした場合に押し詰られると食う事さえできない連中であるから勿論屋根代二十五銭という大金があろう筈はない。自然と無料宿泊所へ行くか或はまたオカン(野宿のこと)するより外に道がない。
とある。
これは東京深川富川町から猿江裏町付近の話だという。大正頃は、パン切れを金魚チャブ、強飯をコンクリ飯、芋を川越チャブ、水しか飲めない状態をノーチャブと言ったようだ。
昭和三十年代はちゃぶ台で御飯を食べた。私がちゃぶ台の足を広げ、食事が済んだら足を畳む役だった。ちゃぶ台の「ちゃぶ」が「食事」のことだとは知らなかった。私は、14歳と24歳の時、ノーチャブを経験している。前者は昼数日、後者は朝昼晩数日。ノーパンシャブシャブは行ったことがない。
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