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気が向いたら思いついたことを書いてみます
「おやまかちゃんりん」「親馬鹿ちゃんりん」という言葉が明治からはやった。私が子供の頃は「親馬鹿ちゃんりん」という言葉を聞いたことがあるが、最近では「ちゃんりん」すら使わない。
『日本国語大辞典』の「ちゃんりん」の項目には、
承知の意を表わすとき、相手をばかにしていうことば。
としかないが、
藤沢衛彦『流行歌百年史』には、
おやまかちやんりんは、楊弓店、射的場の白首や、湯屋の二階の湯女などの通語に胚胎して
とあるから、これらの女が「はいはい(わかったよ)」というようなニュアンスで使ったものではなかろうか。
江戸時代から手軽な芸者を「みずてん」といい、明治の一時期には「オーライ芸者」と言った。
ある文献には、
静岡双街のチヤンリン
とあって、娼妓のことをチャンリンと言っている。「みずてん」「オーライ」と同義ではなかろうか。
石橋中和『近世奇譚』(明治二十五年)には、「オヤマカチヤンリンの根源」として、
陸軍大将勲一等従二位大山巌公西南の役に臨みし砌り兵士と戯れ又は道化を為しつ往々険路に競争を試みられし事あり戦ひ決しての後ち進軍の道筋を検すれば公が戯むれたる所は必らず険路なりけり必らず敵の潜伏せし所なりけり其事屢々重なりければ兵士、公の意を察し其頓智に服す然れども皆な曰く大山若し道化なば軍必らず危しとて相誡めて「オヤマカチヤンリン」と歌ふ意は「大山が道化」の義なりとか
とある。
西沢爽『雑学明治珍聞録』(文春文庫)は、これを引いて、
これが「大山がチャリン」で、それが「オヤマカ・チャンリン」になったと『近世奇譚』にある。「チャンリン」は、江戸語の「茶利」(道化、浄瑠璃語)からきたものだろう。
としているが、牽強付会も甚だしい。『近世奇譚』には「大山がチャリン」などとは書いてないし、ましてや、「大山がチャリン」が「オヤマカ・チャンリン」になったなどとは書いてない。たまたま「オヤマカチャンリン」の歌がはやっていたか、或いは『近世奇譚』の付会かもしれない。
石橋中和・西沢爽よりは、藤沢衛彦の説を信じたい。
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