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気が向いたら思いついたことを書いてみます
森銑三『風俗往来』(中公文庫)に次の一節があった。
明治という時代には、料理屋の女将までに、えら者が出ている。富貴楼のお倉などは、その一人だったといおうか。このお倉は、大一座の時に逢った客の名前までも、実によく覚えていて、忘れなかったそうである。それでお倉は、お前達も、一度でも見えたお客さんの名は、忘れないようにおし。二度目の時に、自分の名を呼ばれて、いやな気持になる人はないからね、といっていたそうである。
明治四十三年九月の「都新聞」では、亡くなったお倉の逸聞を、十日間に亙って連載しているのであるが、その中に右のような一事が見えている。
ところが、「都新聞」明治四十三年九月にはそんな話は見当たらない。「死せる富貴楼お倉」という連載は、九月十二・十三・十五日の三日間で、話題は「おさだ」のことだ。記憶力の話は、「都新聞」の別の月にあるか、あるいは別の新聞雑誌か。
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