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気が向いたら思いついたことを書いてみます
泉鏡花『五月より』の「十一月」に、
小橋の稚子(うなゐ)等の唄ふを聞け。(おほわた)来い、来い、まゝ食はしよ。
とある。
(おほわた)というのがわからない。手許の辞書を見ても、ネットを見てもわからない。
藤沢衛彦『明治風俗史』(三笠書房。昭和十七年)に、明治初期のわらべ唄が紹介されている。
おほわた来い来い
飯くはしよ
飯がいやなら肴(とゝ)くはしよ。
太田才次郎『日本児童遊戯集』(平凡社東洋文庫。初刊は明治三十四年)に、「東京市中の児童が、種々の事物に就きて唱うる句は極めて多けれども、その中に就きて最も多く唱うるもののみを左に列挙せん」として「雑戯唱句」を挙げているが、その中に、
十月頃、「おお綿」と称する小虫空中に飛ぶを見、招いて曰く
  おおわた来い来いまま食わしょ、まァまがいやならととくわしょ。
とある。
どうやら、小さい虫のようだ。
『岡本綺堂随筆集』(岩波文庫)には、
沼波瓊音氏の『乳のぬくみ』を読むと、その中にオボーという虫に就て、作老が幼い頃の思出が書いてあった。蓮の実を売る地蔵盆の頃になると、白い綿のような物の着いている小さい羽虫が町を飛ぶのが怖ろしく淋しいものであった。これを捕える子供らが「オボー三尺下ンがれよ」という、極めて幽暗な唄を歌ったと記してあった。
作者もこのオボーの本名を知らないといっている。私も無論知っていない。しかしこの記事を読んでいる中に、私も何だか悲しくなった。私もこれに能く似た思い出がある。それが測らずもこの記事に誘い出されて、幼い昔がそぞろに懐しくなった。
名古屋の秋風に飛んだ小さい羽虫と殆ど同じような白い虫が東京にもある。瓊音氏も東京で見たと書いてあった。それと同じものであるかどうかは知らないが、私の知っている小さい虫は俗に「大綿」と呼んでいる。その羽虫は裳に白い綿のようなものを着けているので、綿という名を冠せられたものであろう。江戸時代からそう呼ばれているらしい。秋も老いて寧ろ冬に近い頃から飛んで来る虫で、十一月から十二月頃に最も多い。赤とんぼうの影が全く尽きると、入れ替って大綿が飛ぶ。子供らは男も女も声を張上げて「大綿来い来い、飯(まま)食わしょ」と唄った。
オボーと同じように、これも夕方に多く飛んで来た。殊に陰った日に多かった。時雨を催した冬の日の夕暮に、白い裳を重そうに垂れた小さい虫は、細かい雪のようにふわふわと迷って来る。飛ぶというよりも浮んでいるという方が適当かも知れない。彼は何処から何処へ行くともなしに空中に浮んでいる。子供らがこれを追い捕えるのに、男も女も長い袂をあげて打つのが習であった。その頃は男の児も筒袖は極めて少なかった。筒袖を着る者は裏店の子だと卑まれたので、大抵の男の児は八つ口の明いた長い袂を有っていた。私も長い挟をあげて白い虫を追った。私の八つ口には赤い切が付いていた。
それでも男の袂は女よりも短かった。大綿を追う場合にはいつも女の児に勝利を占められた。さりとて棒や箒を持出す者もなかった。棒や箒を揮うには、相手があまりに小さく、あまりに弱々しいためであったろう。
横町では鮒売の声が聞える。大通りでは大綿来い来いの唄が聞える。冬の日は暗く寂しく暮れてゆく。自分が一所に追っている時はさのみにも思わないが、遠く離れて聞いていると、寒い寂しいような感じが幼い心にも泌み渡った。日が暮れかかって大抵の子供はもう皆んな家へ帰ってしまったのに、子守をしている女の子一人はまだ往来にさまよって「大綿来い来い」と寒むそうに唄っているなどは、いかにも心細いような悲しいような気分を誘い出すものであった。
その大綿も次第に絶えた。赤とんぼうも昔に比べると非常に減ったが、大綿は殆ど見えなくなったといってもよい。二、三年前に招魂社の裏通りで一度見たことがあったが、そこらにいる子供たちは別に追おうともしていなかった。外套の袖で軽く払うと、白い虫は消えるように地に落ちた。私は子供の時の癖が失せなかったのである。
この文章の初出は大正四年。写真や絵は残っていないのだろうか、とネットを見ると、何とあった!
雪虫(綿虫・オオワタ)の写真
https://plaza.rakuten.co.jp/baneisupporter/diary/201010210000/
北海道の雪虫は「オオワタ」とも言うらしい。これだ。温暖化のせいで、東京では見られなくなったのだろう。
次のページの写真はきれいだ。
冬の訪れを告げる雪の妖精「雪虫」ゆきむし 不思議な生態・儚い命・大量発生https://msmeraldo.com/yukimushi/
ウィキの「雪虫」の項には、関連項目として「トドノネオオワタムシ」が挙げられている。
明治四十五年間に温暖化が進んだことがうかがえる。戦後昭和のは、更に激しいものだった。東京でオオワタが見られなくなって約百年。その間、どんな虫が消えたか。今後百年でどんな虫が消えてゆくのだろうか。
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