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気が向いたら思いついたことを書いてみます
水前寺清子の「いっぽんどっこの唄」は1966年。
畠山みどりの「出世街道」は1962年。一番の最後に「どうせこの世は一ぽんどっこ」と出てくる。
共に星野哲郎作詞。星野は「いっぽんどっこ」が好きなようだ。しかし、その意味が分からない。辞書の記述ではピンと来ない。今はネットで調べられる。便利な世の中になったものだ。
次のような解釈をしている人もいる。
Aさん
http://star.ap.teacup.com/utagoyomi/1304.html
『いっぽんどっこ』とは・・・
正式には「一本独鈷」の意味で、
独鈷とは仏教の護身具であり、
自らの煩悩を打ち砕く道具のことだそうです。
歌詞でいう「いっぽんどっこ」とは、
自分の夢を叶えるための一本の道を正しく進み
煩悩を打ち砕くということ。
その男が目指し行こうとしている
道のことを指しているようです。
Bさん
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q136789203
一本独鈷とは仏具と博多織の二種類の意味があります。
この場合は後者だと思います。独鈷形を連ねてできた織物。つまり、この世界はどこへ行っても結局繋がっている。
A・Bとも的外れのようだ。
Cさん
http://nishimura2460.blog108.fc2.com/blog-entry-227.html
「いっぽんどっこ」とは水前寺清子の唄のタイトルで有名ですが、本来は仏教語である。漢字で記すと「一本独鈷」となり、護身具であり煩悩を打ち砕く法具の事を示し、密教では「雑念を振り払って真直ぐに行く」と言う教義を表す概念を言うらしい。転じて、やくざ者は一本刀を例え、漁師は自分の銛を見立て、芸者は独鈷を帯に染めて「どっこ帯」にした。独鈷型の模様を連ねて織り出したデザインの博多帯が有名になり、この言葉を世間に広めている。
Cは近くまできた感じ。
Dさん
http://www.usamimi.info/~kintuba/zingi/zingidic-a.html
一本独鈷 【いっぽんどっこ】
大組織に所属せず独立を維持している組織のこと。単に「一本」とも言う。
仏具の独鈷に由来する用語であり、博多織の一本独鈷と語源は同じである。
これは「極道用語の基礎知識」というページ。Dのように解釈すればスンナリと行く。星野は「一匹狼」の意味で使っているようだ。それならば「いっぽんどっこの唄」「出世街道」の歌詞が納得できる。
Eさん
http://satoru99.exblog.jp/19053217/
私は群れることが嫌いです。
Eは「心霊研究家」というのがウサン臭いが、「いっぽんどっこの唄」を正しく理解している。
「出世街道」も「いっぽんどっこの唄」も893系の発想が基本にある。星野の作詞したものを見ると、「男はつらいよ」(1970年)「兄弟仁義」(1965年)「仁義」(1969年)と同系のものが見られる。北島三郎「仁義」は正に任侠の世界。因みに、北島は稲川会とつきあいがあったことで知られる。

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