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気が向いたら思いついたことを書いてみます
北原白秋に
くれなゐの濃きが別れとなりにけり監獄の花つまぐれの花
という歌がある。
ホウセンカ・ツマクレナイ・ツマベニと言わず、「つまぐれ」と言うセンスがすばらしい。
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東京都千代田区隼町の鍋割坂について、横関栄一『江戸の坂東京の坂』(中公文庫)は、
現在は国立劇場の北わき、半蔵門会館(註:今はグランドアーク半蔵門)の南脇を平河天神社に向って行く坂路
切絵図の松平兵部大輔屋敷と京極飛驒守屋敷の間を、定火消御役屋敷のほうへ上って下る坂
としている。千代田区も坂マニアも同意見のようだ。
しかし、礒部鎮雄『俚俗江戸切絵図』では、
国立劇場通りの国立劇場北西隅三叉点から、西へ、
半蔵門駅通り(東京メトロ半蔵門線の地上部)へと通ずる道路で、
現在は住友半蔵門ビルが建っていて道はない。
半蔵門駅通り(東京メトロ半蔵門線の地上部)は、『俚俗江戸切絵図』では「三町目横町通」となっている。
その西は、千代田区によって「中坂」という標識が立てられている。平河天満宮と城西国際大学との間に至る道である。
因みに、城西国際大学は、『俚俗江戸切絵図』では「天神馬場」となっている。
礒部の「鍋割坂」は、何に拠ったものであろうか。
暑さに耐えられず、ミニ扇風機(正確にはサーキュレーター)を出した。
この夏も扇風機で乗り切らねばならない。
「八品商」という言葉を初めて見た。長生きはしてみるものだ。ネットには、
八品商とは享保8年(1723)4月、江戸で紛失物や盗品吟味のため、仲間を結ばせた八種類の商売の総称。具体的には、古道具屋、古着屋、古鉄屋、小道具屋、古着買、質屋、古鉄買、唐物屋のことである。
とある。
『懐中東京案内』(明治十年)は、
質屋 染物屋 古着売買 西洋古服靴傘売買 古銅鉄売買 潰金銀売買 古道具屋 大道具屋 雑道具屋 時計屋 袋物屋 小間物屋 紙屑売買 古木商売 鼈甲職 鼈甲屋 飴屋 錺職 箔打職 損料貸 塗物職 上絵職 諸車製造職 仕立職 西洋小間物屋 古物雑市場 古書画屋 鋳物職 鋳掛職 煙管屋 煙管職 革細工職 鍛冶職 靴職 錠前職
の35職を挙げ、
右の商を営む者を八品商と総称し、一小区限り組合を立て正副頭取を置き組合中の諸事を取締致すべし
としている。
明治十年の本に「標札書式」として「縦五寸横二寸五分より小なるべからず書体は楷書を用うべし」とある。今は自由だ。江戸時代、旗本などの屋敷に表札を出すことはなかったという記述を見たことがある。
慰問袋について、ウィキには、
個人を指定したものは受理されないが、部隊を指定したものは所在地の陸軍官衙、部隊などを経て送達された。
とある。
世界大百科事典には、
袋は家庭で各自が手ぬぐいを二つ折りにして作るほかに市販品もあり,デパートでは中身のはいった既製品も売られていた。
とある。
篤志家が贈るものかと思っていたら、時期によっては、各家庭一個ずつのノルマが課され、町内会でまとめて運んだそうだ。
https://bee-gee.blog.so-net.ne.jp/2006-07-17
昭和十三年七月の『新文化』裏表紙に松坂屋の広告があり、慰問品売場ができていて、
シヤツ・猿又・晒まわし・靴下・あせ知らず・南京虫用イマズ蠅取粉・メンソレータム・陣中慰安品いろいろ・缶入羊羹・缶入ドロツプス・缶入チヨコレート・缶入ピーナツツ・缶入みかん・缶入ウイスキー・缶入富久娘・その他各種豊富
とある。
詰合せ慰問袋はお好みに応じ種々御調製仕ります
とあって、(詰合せ慰問袋の一例)として、
一円慰問袋
封筒・花紙・便箋・手拭・靴下・晒まわし・扇子・氷砂糖・ゆであづき
が出ている。
Fテレビのスタッフからメールで質問があった。
『古事記』の成立年代を知らせよ、というのだが、そんなことはネット・辞書を調べればすぐわかることだろう。
回答しようかと思ったが、冒頭に「ご担当者様」とあるので、やめた。私はFテレビ番組の担当ではない。
これも間違いメール、不審メールのたぐいだろうか。
池田文痴庵の文章(『江戸と東京』第三巻第九号。昭和十二年九月)に、
ぽてしゃん
という言葉があった。見当はつくが、手許の辞書を引いても載っていない。昭和二年刊『現代語新辞典』を見ると、
【ぼて】(ポテ)ぼてれんの略。懐姙して腹のふくれること。
とあった。「ぼてれん」なら『日本国語大辞典』にもある。「ぼて」は腹の膨れるさまだ。子供の頃、肥った爺さんを見て「腹ぼて」と言ったものだ。「ぼてれん・ぽてれん・ぼて・ぽて」の親戚で「ぽてしゃん」「ぼてしゃん」があってもおかしくない。
4月12日に添付ファイル付不審メールがばらまかれたという。
2019/04/12(金) 添付ファイル付不審メールの調査
https://bankingmalware.hatenablog.com/entry/2019/04/12/193744
これとは無関係だろうが、私の所には、4月13日に不審メールが三通届いた。
いずれも同じ文面、差出人は知人、内容は1年前のもの。過去のメールが過去の日付で受信された。どうしたらこんなことができるのだろうか。添付ファイルは開いていない。
石角春之助が、
本誌の後援者であり、同時に僕を支援して呉れてゐる画家の古淵唖草氏が、僕の服装が余りにも醜いので、それを気にして、立派な単衣物一枚を贈つて呉れた。其の友情の細やかさに、僕は泣かされもしたが、しかし仕事の前には、此の貴き恵みに反し、十の字曲げつ太き息つかざるを得なかつた。〈中略〉だが、僕はこの貴い友情から与へられた七つの字を永久には曲げては置かない。やがて時節が来ると、元の如く十の字に延ばして、古淵氏の友情に浴する積りである。
と書いている(『江戸と東京』第三巻第六号。昭和十二年六月)。
「十の字曲げつ」とはどういうことだろうか。辞書にも載っていない。頼れるのはネット。調べると、久生十蘭『風流旅情記』に、
内地に居れゃ、十の字の尻を、右へひン曲げるのが半商売の、しがねえ野郎どもだが
とあった。これでわかった。
「十」という字の最後を右に曲げれば「七」となる。「七」「曲げる」といえば、「質屋に質入れすること」だ。質入れすることを、「曲げる」「殺す」と言う。
すなわち、石角は古淵から着物を贈られたものの、それを質に入れ、金に替えてしまったということだ。
「耳障り」と言えば、不快なイメージがある。しかし、最近は「耳障りがいい」という言い方をする人が多い。
辞書類にも、「耳障りがよい」というのは本来は誤り、としている。しかし、『日本国語大辞典』には、
俳諧・雲の峰(1807)「風の音耳さわりよき幟かな」
という例が挙がっている。文化四年の時点で、このような使い方をする人がいたのだ。
池田文痴庵「日本橋の店をクローズアツプする」(『江戸と東京』第三巻第六号。昭和十二年六月)には、
マルゼン……此の耳ざわりはとても新鮮味があるが、考へれば、古い丸善でもある。
とある。
携帯電話の発達した今では考えられないことだが、昭和時代には駅に伝言板があった。
平山蘆江は「新宿なるかな」(『江戸と東京』第三巻第四号。昭和十二年四月)で、
私は駅の告知板を読むくせがある、同じランデブーの打合せでも、新橋にあるのは品のよい、あくぬけした文句が多く、上野のは深刻さうに思はれ、新宿のは下品でいやらしい匂ひがする、ここらの事でもやつぱり新宿なるかなと思はせられる。
と書いている。トイレの落書きを集めた人もいたように記憶する。今は駅に伝言板もないし、トイレに落書きもない。
『江戸と東京』第二巻第十号(昭和十一年十月)に、
こ(天下堂)の跡が、カフエー・ナシヨナルとなり、例の桂、巨頭公の愛妾、お鯉の方(安藤照子)が姥桜のイツトをパツと咲かせて夜おそく迄「こんなおバアさんで御不満でせうが……」なんて凄い笑まひをみせたのは僕が今はない海軍造兵廠で欧州大戦史編纂時代で、
とあるが、「姥桜のイツト」の「イツト」がわからない。見当はつくが、由来が不明。『日本国語大辞典』を引くと、
性的魅力。セックスアピール。アメリカの女流作家エリナ=グリーン原作、クララ=ボウ主演の映画「イット」から昭和初期にはやったことば。
とあった。IT(アイティー)を「イット」と言った某首相は、この映画、この言葉も知らなかったのだろうか。
先の引用は、池田文痴庵のもの。お鯉は明治十三年生まれ。文痴庵が海軍造兵廠にいたのは大正末年だろうから、大正九年として40歳。今の40歳の女性は、自分のことを「おバアさん」などと言わないだろうし、他者が「姥桜」と評することもなかろう。「おばさん」と言われても気を悪くするのではないか。しかし、百年前は40で老人だったのだ。
お鯉の写真があった。悪くはない。
お鯉、安藤照子(明治時代の美人ランキング)
https://bakumatsu.org/blog/2014/04/meiji_bijin_ranking.html/okoi_teruko_ando_m
【美女】ガチで美人過ぎる!幕末女性 ベスト22 では11位となっている。
https://www.youtube.com/watch?v=S6ULZC4J9VA
この動画で「3位:芸者(詳細不明)」とあるのも「お鯉」ではないか。
この手の顔は年をとってもいいかもしれない。
石角春之助は、昭和初、『大東京の文献読物叢書』の出版を企画した。予定は次のとおり。
銀座変遷史
銀座女譚
銀座明暗奏
浅草歓楽境
浅草百面相
浅草女護ケ島
上野繁昌記
浅草交響楽
吉原盛衰記
吉原新細見
上野行進曲
新宿交響楽
銀座流動記
新宿近代色
浅草楽屋譚
東京沿線譚
玉の井今昔譚
御茶ノ水界隈
亀井戸今昔譚
神楽坂界隈
道玄坂界隈
深川洲崎風景
東京細民譚
日本橋界隈
品川高輪界隈
丸の内素描
高円寺界隈
池袋板橋界隈
神田川付近
銀座美粧録
芝新橋界隈
京成沿線界隈
千住大橋界隈
本郷根津界隈
江戸川界隈
麻布青山界隈
三十六のうち、出版されたのは初めの二点のみ。『銀座解剖図』の一・二としてである。
この計画が公にされたのは、昭和十一年五月。3年後、石角は不帰の客となった。
ハンドドライヤー・エアータオルなるものがある。大阪梅田では、数年前からこれが使えなくなっている。「節電のため」と称して電源を入れていないのだ。駅やその近くのビルや地下街で。(ホテルは行っていないので知らない)これで大阪の景気のよくないことがわかる。
ウィキには、
日本では、1960年(昭和35年)に東京エレクトロンが最初のハンドドライヤーを発売した。
とある。
しかし、昭和十年一月一日発行『江戸と東京』には、
便所に入つて手を洗ふのはあたりまへとしてハンカチーフの必要のない事はこの時知つた。一寸ベルト見たいなものを踏む。暖い空気が出て来る、そこへ手を出せばたちどころに乾いてしまふ。
とある。これは東京の三越百貨店のトイレである。昭和十年の時点で既に百貨店にはハンドドライヤー(スイッチは足で踏む)があったようだ。ウィキの記述は訂正を要するのではないか。三越は輸入品を使ったのかもしれないが、ウィキには日本以外のどこの国でいつ発明発売されたのかについて書いてない。
何十年か前、ホテルのトイレにペーパータオルが設置されているのに衝撃を受けた。いまもペーパータオルを置いている施設があるようだ。これも贅沢のような気がする。
ネットで「組本社」という文字を見た時、過去にかかわったことのあるような気がした。私は記憶力がいいので、何の件だったのか、全く覚えていない。Google で検索してもヒットしない。もう消滅したようだ。国会図書館を見ると、1980年に本を出している。
『古典大系日本の指導理念』(1983年)の出版は第一法規出版だが、「編集:組本社」とある。そうだ、叢書ものなどの出版企画をする会社だ。農山漁村文化協会出版の『人づくり風土記』(1988年)も同様。しかし、私の関わった叢書は、国会図書館に納められていない。
景気のいい時代には、こんな会社が持ち込んだ企画を出版する本屋があったのだ。
今はどうだか知らないが、活版印刷の時代は、書籍より雑誌の方が誤植が多いような気がする。時間制限が厳しいため、十分に校正できないのだろう。某雑誌に、
多少蒐めた参考書類も窺乏の裡に殆んど散佚して了つてゐるので
とあった。「窺乏」などという言葉はない。「窮乏」の間違いだろう。アナカンムリは合っているが、あとは全然違うお粗末なものだ。「窺乏」は意味が通らないから正解を推測できるが、同音異義語あるいは異音類義語を組まれると気付かない場合がある。
佐藤明が『柳橋新誌』の現代語訳をしている。大分県立芸術文化短期大学研究紀要第33巻(1995年)。
柳北序の「禿筆」を「先の禿げた筆」としているのには首をかしげざるをえない。『日本国語大辞典』の「禿筆」は「使いふるされて、穂先がすり切れた筆。ちびた筆」、『広辞苑』は「さきのすり切れた筆。ちびふで」、『明鏡国語辞典』は「穂先のすりきれた筆。ちびた筆」となっている。「禿げる」というのは毛が抜け落ちてしまうことだから、「先」が「禿げ」る、というのはあり得ない。
「Amazonプライム」ついに値上げ
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190412-00000034-it_nlab-bus_all
「Amazonプライム」で思い出すのは「無料お試し」だ。数年前、「無料」を試してみたところ、数日後にネット記事で「お試しのままほっておくと、自動的にプライム会員になる」と書いてあったので、驚いて解約した。
ソフトバンクの携帯を契約すると、Yahoo何とかから毎月数百円自動的に引き落とされたことがあった。契約時に説明を怠ると詐偽まがいとなる。
中高時代は新潮文庫、大学で岩波文庫を買うことが多かった。古本屋巡りをするようになると、創元文庫という布地表紙のシブイものを手にしたような記憶があるのだが、ネットで検索すると、「創元推理文庫」しか出てこない。これはどういうことなのか。私は推理小説は読まない。念のため「日本の古本屋」サイトを見ると、創元文庫がたくさん出ているから、私の記憶に間違いはない。ウィキペディアを初め、「創元文庫」の解説がないのは不審。
今日は、「誠文堂文庫」なるもののあったことを知った。私は手にしたことがない。小川菊松の「誠文堂文庫発刊の辞」(昭和七年八月)によると、
旧10銭文庫中の優秀本を増補改訂
したものだという。
小川菊松『出版興亡五十年史』(昭和二十八年)には、次の記述がある。
 十銭、廿銭の小型文庫は、売れさえすれば、これ程手がけよい、楽な仕事はない。が百巻二百巻の叢書となつて見ると、各巻のストツクを用意するだけでも容易なことではない。そこへ競争者が出たり、飽かれたりすると一気に行きつまつて、案外にその尻が大きい。底知れずの地獄落しといつた形になる。わが誠文堂でも、昭和八年に、「誠文堂十銭文庫」を企画し、短期に百冊を出版して主だつた小売店に陳列ケースを提供したりして、相当華美な宣伝等を試みたのであるが、期待した成果は得られなかつたし、調子に乗つて地獄落しの馬鹿を見てもツマラヌと思つて、残本か出ぬ程度に売り抜けて、後腐れなく打ち切つてしまつた。事実十銭本であれば、二万や三万の売行きでは、丸々儲けたところが知れたもの、身にも皮にもつかないし、気骨ばかりは一人前以上に折れるのだから、長くは続ける気にならなかつたわけである。
 アカギの十銭文庫は、ドイツのレクラム版にヒントを得たものであろうが、このレクラム版の方式をソツクリ模倣して、★一つ十銭という廉価の大叢書を作つて成功したのは「岩波文庫」である。大正年代から二十余年に渡つて二千数百巻を発行し、今なお盛〈サカン〉に出版して益々声価を高めているのは偉いもので、まさに文庫としても王座の揺がぬものであるが、これは内容がいれも生命のあるというばかりでなく、用紙も最上質、印刷が鮮明で、蔵書家の愛好をそゝるに足ることも、この文庫が永く飽かれずに来た原因の一つであろう。事変から戦争中にかけて、用紙の統制が厳しかつた時代にも、岩波文庫は、遂にこの紙質を落さなかつたところを見ると、どの位紙のストツクがあつたのかと驚かされたものである。
この回想の
昭和八年に、「誠文堂十銭文庫」を企画し
というのは間違いで、昭和五年から七年にかけて出したものである。小川菊松は岩波の真似をして十銭文庫を出したものの、早々に撤退し、売れ行きのよかったもののみ若干を「誠文堂文庫」として出したもののようだ。「日本の古本屋」で検索すると、十三点しかない。「新文芸辞典」「川柳入門」以外は、ハウツーものだ。

昭和時代の岩波文庫を現在手にしても、紙質の良さなどというものは全く感じないが、やはり半世紀近く年代を経ると衰えるものなのか。現在の岩波文庫の紙質はよい。岩波新書の紙よりも薄くて艶があり、すばらしいものだ。何年で艶が落ちるのだろうか。
現在では、パソコンでの誤変換が印刷物になってしまうのが問題だが、活版・写植の時代には、手書き原稿の「くずし字」が誤植の原因となることが多かったようだ。先に挙げた、川崎房五郎『明治東京史話』で、「伊勢の外宮」とあるべきものが「外客」となっていたのは、恐らく、川崎の「宮」のくずし字が、文選工・植字工には「客」と見えてしまったのだろう。『新潮国語辞典』初版で、ある項目の解説に「趣句」という表現があった。「趣句」などという言葉はない。原稿執筆者は「趣向」と書いたのだが、「向」がくずし気味だったので、印刷所では「趣句」としてしまった、校正(何度かやったばすだが)でも見落としてしまった、という所だろう。
「宮」の書体さまざま
http://codh.rois.ac.jp/char-shape/unicode/U+5BAE/
「向」の書体さまざま
http://codh.rois.ac.jp/char-shape/unicode/U+5411/
新聞の経済欄はほとんど見ないが、朝日新聞の「経済気象台」だけは読んでいる。今日の「呉田」氏のコラムは、「経済」の名に反して、「アベ政治」批判だ。
権力に擦り寄る「虎の威を借るキツネ」や追従・忖度の輩ばかりが増え、もはやマスコミにもあえて異を唱える勇気のある者の姿はほとんど見当たらない。
というのは、全く同感だ。
私の子供時代は、お菓子の量り売りが多かった。紙袋に入れてくれるのだが、食べ終わると、それを膨らまして、ポンと打ち割って音を楽しんだものだ。そのうち、ほとんどがパッケージ入になってしまった。今の子は「猫をかんぶくろに押し込んで」という意味がわかるのだろうか。
紙縒を見なくなって久しい。子供の頃、母親に作り方を教わったが、うまく行かなかった。煙管の掃除に作った記憶はある。紙縒の頑丈版が元結・水引らしい。紙縒一本ではどうなるものでもない。多数組み合わせた工芸作品があるようだ。
酔多道士『東京妓情』(明治十六年)に、
柳橋妓はそ〈注:薩長出身の政治家・役人等〉の左右する所となるを屑とせず多く臂銃の八を喰はせたるより
とある。「臂銃」は文字どおり「ひじでっぽう」。しかし「八」とは何だろうか。
『日本国語大辞典』に、
はちを食う
(「はじ」に「はち」をかけた語か)振られて恥をかかされる。恥をさらす。
とあった。「はぢ」と「はち」は濁点があるなしの違いのみ。
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