忍者ブログ
気が向いたら思いついたことを書いてみます
日清の「カップヌードル みそ」を食べた。丼型のインスタントみそラーメンは食べたことがあるが、カップ型は初めて。味噌味が濃く、いい味わいだ。
ラーメン屋で一番多く食べたのは「みそ」だ。46年前は銭湯の帰りにみそラーメンを食べ、それが夕食だった。
PR
マラソン・競歩を東京ではなく、札幌で開催するという。マラソン・競歩だけでなく、全部札幌でやればいい。東京より少しは涼しく、マシだろう。
「七月末から八月初は一年中で最も快適な気候」と嘘のプレゼンを通したのがまちがいだ。
先日は、某コンビニのレジ横に各社ボールペンを数本ずつ、計二十本ほどならべたトレイがあった。
今日は、某ドラッグストアの雑貨商品棚横にボールーペンがたくさんぶら下がっていた。
コンビニレジ横は、昔はお菓子類だったが、最近は電子タバコだ。そこにボールペンが割って入るとはどういうことなのか。どこに置くか、どこに置いてもらうかで売り上げが違ってくるのかもしれないが、レジ横に置いて売れ行きがよくなるとは思えない。
神戸の通学路に道路から見下ろす喫茶店があった。1階というには低く、地階というほどでもない。他に見たことがない構造なので珍しいなと思っていた。
これは「なんちゃって4階建てマンション」というのだということを知った。
街を歩くとときたま、1階部分が半地下のようになっているマンションを見かけることがあると思うが、実はこうしたマンションの多くが、高さ規制10メートルの土地に建っている。その規制の範囲内では、普通に建設すると3階建てが限界だ。だが、地面を掘って1階を半地下にすれば、4階建てにできるのである。
https://news.livedoor.com/article/detail/17243979/
この人は、
世の中にはこうして建てられた「なんちゃって4階建てマンション」が数多く存在する。
と書いているが、私は他にこのような例を見た記憶がない。
某食堂のお勧め定食は天麩羅の時が多い。蓮根の天麩羅など、誰が考えたのだろうか。家で出されれば仕方なく食べるが、外では残す。歯ごたえ以外に何があるというのか。全然うまいとは思わない。
鶯亭金升は、
ある夜の劇の中で「蓮根を食べた」と話しているのを聴いて、子供に「おじいさんは今までハスは食べたけれど、まだレンコンの煮たのを食べない」といって笑ったら変な顔をしていた。
と書いている。言葉は時代によって変わる。明治以前は「レンコン」とは言わなかったかのようだ。
三代目都民中は、若い頃(明治初年)吉原仲之町の引手茶屋「吉本」で「消炭」をしていたという。
「消炭」とは、『日本国語大辞典』に、
②(夜中でもおこせばすぐおきるのを、①にたとえていう)引手茶屋の若い者。特に下働きの男。
とある。
消炭も、子どもの頃金火箸で挟んだが、60年近くお目にかかっていない。
第二次世界大戦での徴兵制をめぐる悲劇を描いたドラマを見た。「はんどうをまわす」という言葉が出てきた。劇中、「はらいせ。こらしめ。しかえし」の意味だという説明があった。しかし「はんどう」とは何か。国語辞典を見てもそれらしき意味は載っていない。三国一郎『戦中用語集』にもない。『軍隊用語集』というものはないのかと調べると、寺田近雄『軍隊用語集』(立風書房)があった。早速注文した。これに載っていなかったらどうしよう。
平山蘆江が「不しだら」と書いている。「ふしだら」という言葉の意味は知っているが、そういえば「しだらがない」「しだらない」と言う。これも「ふしだら」と同類の意味だ。では「しだら」とは、と見ると、『日本国語大辞典』に、
②好ましくない状況。ひどいありさま。ていたらく。ざま。
③好ましくないふるまい。ひどい行状。
とある。
「しだら」を「不しだら」と打ち消しても、「しだらない」と打ち消しても意味が変わらない。こんな言葉が他にもあったような気がする。
1975(昭和50)年のドラマを見た。出演俳優を調べると、予想通り、女優陣は健在だが、男優陣はほとんど他界している。しかし、大正生まれの加藤嘉以外の昭和生まれは79歳以上、ほとんどが80代まで生きている。長谷川弘に至っては90代で現存。角野卓造がまだ71歳というのには驚いた。これも80代以上は行くだろう。俳優を見ても長寿時代になったことがわかる。
川崎敬三(2015年82歳没)
内藤武敏(2016年86歳没)
佐藤慶(2010年81歳没)
加藤嘉(1988年75歳没)
日下武史(2017年86歳没)
森塚敏(2006年79歳没)
角野卓造(現在71歳)
長谷川弘(現在91歳)
中原ひとみ(現在83歳)
中村玉緒(現在80歳)
石井富子(現在84歳)
桂米朝・桂枝雀らの『住吉駕籠』には、料金の符牒として、
御手(五百)
鬼手(三百)
鳥足(三百と十二文)
闇(三百)
月夜(タダ)
といった言葉が出て来る。
『東京朝日新聞』第二一九二号(明治二十五年三月二十三日)には、紳士と車夫の符牒問答の記事があるが、
ヤミ(三銭)
月夜(六銭)
ゲンコ(五銭か?)
鮨屋(七銭)
という符牒が出て来る。「ヤミ」以外は両人の創作。
「ヤミ」というのは、江戸時代には三百文、明治時代には三銭として一般に使われていたようだ。『日本国語大辞典』には、
(陰暦で、月の三〇日は闇夜であるところから)三、三〇、あるいは三〇〇をいう馬方、駕籠舁などの符丁。
とある。この解説には「人力車夫」を付け加えるべきだろう。
角川文庫『芸と道』を買った。2019年4月25日発行。岩波文庫・新潮文庫が艶のある良質の紙を使っているのに対し、これは艶気のない、やや厚手の紙なので驚いた。
紙で驚いたといえば、羽仁五郎『都市の論理』だ。1968年に勁草書房から出てベストセラーになった。大学一年の時、社会学か何かの授業で副読本に指定されて購入した。分厚いので割高感はなかったが、紙が粗末なのに驚いた。普通の紙と藁半紙の中間のような感じがしたのを覚えている。今、アマゾンを見ると、30円から買える。十数年後、講談社文庫にも入ったようだが、こちらは安くない。紙の違いではないか。
岩波文庫・新潮文庫の紙から艶が消えた時、出版界の本当の危機が訪れたといえるのではないか。
市役所から「過誤納金還付通知書」なるものが届いた。疑問だらけ。
疑問①「過誤納金」「お納め過ぎ」ではなく、市役所職員の計算違いで「過誤徴収」したのだろう。
疑問②どこをどうまちがえて差額が生じたのか、その説明が全くない。
疑問③還付金をもらうためには「還付金請求・振込依頼書」を郵送しなければならないのはオカシイ。「まちがっていました。ついては貴口座に振り込みましたので、お納めください」というのが筋だろう。口座番号は税務署にでも聞けばわかる。バカな職員のために、郵便料金を無駄遣いすることになる。
人間の無力さを感じると、宗教やら験担ぎに走る人がいる。
台風対策で窓に「素数」を貼った人現る「素数だから割れない!」
https://togetter.com/li/1416002
というページを見て笑った。数字の好きな人は数字関係に頼る。昔もこういう人達がいた。
安藤鶴夫『三木助歳時記』に、博徒が博奕場(盆)を作る際、数字にこだわる記述がある。
純白の布(きれ)で、盆の出来ているのが、ぱッ、と、七郎の目に入る。きちんと、気持ちのいい間隔で、鋲が打ってあって、盆には、皺ひとつ、ついてはいない。鋲は、茣蓙なんかをとめるのと、おなじ鋲で、きれいに、十二本、打ってある。なんでも、この盆をつくる若い衆は、偶数でやるのが、定法とされているが、浅草あたりには、奇数の若い衆でやる一家もある。割れないという、これもやっぱり、そういう縁起だと、清吉から聞いている。そういう部屋で、偶数の若い衆で、盆をつくった時には、一本だけ、鋲を打たないで、残しておいて、あとで、その一本を打たせて、奇数にするという話もある。
勝負師などは数字にこだわることが多いのだろう。
「むろと廃校水族館」に石碑のような自動販売機が登場した。名付けて「石碑ラッピング自動販売機」。正面に「椎名小学校」の文字、側面に「校歌」と「歴史」が記されている。裏面が、何とコカコーラ社の自動販売機。見かけは石碑だが、実はラッピング。正確には「アルミ碑」か。石は崩れやすく、アルミもそう長持ちするとは思えない。これからの金持ちは、チタン・ジルコニウムなどで碑・像を作るのではないか。
廃校の石碑、裏側は驚きの仕様
https://digital.asahi.com/articles/ASMBB6V3GMBBPLPB00L.html?_requesturl=articles%2FASMBB6V3GMBBPLPB00L.html&rm=458
ジャニー喜多川は少年によるアイドルグループを続々と芸能界に送り込んだ。少年を使って商売をしたのは、江戸時代初期の勧学坊了翁僧都という人が最初ではなかろうか。彼は寛文初、池之端仲町に「万病錦袋円」の薬店を開いた。『増補江戸咄』(元禄七年)には、
彼妙薬の商人には大助と言ふ美少年を抱て勧学屋と屋号を言ひけり。彼美少年は程なく身まかりけれども、其跡にも又大助と言て前にあいも劣らぬ美少年相続きて商ふ程に、薬の望ならぬも色にめでゝも此見世に群衆しけると也。
とある。
万病薬といえば、これから二百年ほど後の文久二年に売り出された「宝丹」も、やはりこの池之端仲町である。
安床屋へ行った。いつも何人か待たされるのに、今日はすぐ鏡の前に行けた。50円値上がりしていた。客が減ったのも増税の影響だろうか。月に一度を2ヶ月に一度とすれば、増税分ぐらいはカバーできる。そもそも薄毛の人は床屋に行く必要はない。丸刈りの人は家でバリカンを使えばいい。だんだん節約志向になってゆくのではないか。
本屋のレジでも行列がなかった。千円の定食で消費税は百円だった。切りがよいのは私は好きだが、これをイタイと考える人は消費を抑えるだろう。
10月中旬だというのに、電車バスには冷房がきいている。おかしな世の中だ。
大正末から昭和初にかけて「芋蔓草紙」という叢書が発刊された。叢書といっても4冊のみ。
①冨士﨑放江『随筆 茶後』(芋蔓草紙第一編)大正十五年。一六八頁。
②礒清『随筆 吉備暖語』(芋蔓草紙第二編)昭和二年三月二十日(国会図蔵本は「四月十日」と訂正)。二一九頁。
③西沢仙湖『仙湖随筆』(芋蔓草紙第三編)昭和二年四月十八日(国会図蔵本は「五月十日」と訂正)。二〇〇頁。
④山中笑『共古随筆』(芋蔓草紙第四編)昭和三年四月二十日。四九六頁。
この中で、後に改めて刊行されたのは④のみ。平凡社東洋文庫588としてである。分量的にも④は、①~③を合わせたものに近い。①~③は1冊として刊行するには分量的に物足りない。それなら、①~③をまとめて出したらよさそうなものだが、そのような奇特な出版社は存在しないようだ。
芋蔓草紙第一編末尾の予告では、
1茶後
2共古随筆
3夜鷹考
4蔵書票の話
5御開港横浜図絵
6富士山の話
となっているが、第四編末尾では、先の①~④に続き、
〔近刊〕蔵書票の話
〔続刊〕御開港横浜図絵
    夜鷹考
    富士山の話
となっている。
『蔵書票の話』は昭和四年、文芸市場社から発行されたが、続刊予定の三点は発行された形跡がない。
村上春樹・夢野久作・椎名誠・江戸川乱歩・司馬遼太郎など有名作家の文体を模写するという遊びがある。
https://m-dojo.hatenadiary.com/entry/20160524/p1
『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』という本まで出ている。
文体遊びの先駆者は大田南畝である。『宛丘伝 五体』として、宛丘を五種類の文体で紹介している。長いので、それぞれ最初の部分のみ引用する。
書上文之体
右長兵衛儀幼年より学問を心掛ケ、已前は質物商売仕罷在候処、元来質物商売の儀は貧窮の者より質を取、高利の金子用立遣し、請戻し候月限切候得ば流し候様成ル儀、非道成儀と存、何卒他商売仕度心願にて、……
俗文の体
長兵衛は江戸青山久保丁の質屋也。幼年より学問を好みしに、質屋商売は貧しきものより質物を取、高利の金をかし、定の月きれる迄請もどさゞる者あれば、其質物を流す事、いかにも非道の事也。何卒商売をかへてみんと思ひて、……
漢学者の文体
宛丘子は東都青山久保街の典舗の主人也。俗称は長兵衛、幼ニして学を好み、己が生産の賤きを厭ひて常に思へらく、典舗の業たるや貧家の衣を典らしめ金をかしあたへ、其是を償ふに至て貴き子銭をかへしむる事君子の恥る処也。願くは産業を改ん迚、……
和学者の文体
大江戸の西に横おりふせる青山てふわたり、久保丁とかやいへる所にすめる宛丘子なんたぐひなき隠者なりけり。その家のわざとするところ、人のおぎのる物をあづかり、こがねの数を母とさだめて、ほどほどにかしあたへ、其子あまたうみ出させ、衣は八の月、うつはものは十あまり二の月をかぎり、其時すぎてあがなはざれば、流川のながれよどみなく、世にかはりゆく物となしはてぬる事、とにもかくにもまめ人のなす所にあらじかしとおもひとり侍りて、……
当時雅俗ともに通ずべき体
長兵衛は江戸青山久保丁の者也。幼きより書をよむ事をこのみ、薬をひさぎて世をわたれり。元は質商をなし、人のおぎのる物を請て金をかしあたへ、つぐのふ時にはそこばくの利銀をそへしむ。或はつぐのふ時すぐれば、其物をとゞめてかへさず、外に売代ロなして徳つく事をはかれるは、道ならぬ事よと思て、……
末尾には、
吾家の児輩譬和漢の文を学ぶとも、いましめてかくのごとき戯れをなす事なかれ
と書いている。自分でやっておきながら子孫には禁ずるというのも面白い。
某全集を格安で入手した。(格安でなければ全集は買わない)その中の数冊の函がきつく、取り出すのに一分以上かかった。私は函は捨ててしまうのでどうでもよいが、函保存派の人は、取り出す度にイライラしたのではなかろうか。製函の事情がわからないが、ベテランでない人が担当したのだろうか。
先日、ビニ本ならぬプラ本を2冊購入した。ポリエチレンだか何だか知らないが、薄い透明なもので本全体が覆われている。スリップが中にあるので取り出したいと店員が言う。「切っていいですよ」と言うとナイフで切ったが、なかなか取り出せない。「全部剝いていいです」と言うと「そうですか」と言って全部剝がした。その時ベテランの店員が来てもう1冊の方をナイフで一部切ってスリップを取り出した。こちらは全部剝がしていない。これも経験の差だろうか。本人の器用さの問題だろうか。
梅田のカレーうどん屋に「人手不足の為、午後五時から七時までの営業とします」という貼紙があった。1日2時間働いて(その前の仕込みや後の片付けもあるのだろうが)生活できるのなら、いい商売だ。
10月6日(日曜日)、大阪に出た。9月29日(日曜日)の半分以下の人出だった。やはり増税の影響は目に見える形で現れている。先週も今週も、フレッシュマンあるいはそれになる予定かと思われる若者達を見た。老人と違って、体からエネルギーがあふれ出ているのがわかる。彼等が月給20万程度でこき使われるのかと思うと、気の毒だ。
ひところ、「カリスマ何々」という文字をよく見た。昨日は「神」ではないかと思われる店員に遭遇した。本2冊を渡すと瞬時に「1,980円です」と言い、千円札二枚を出すと即座におつり20円を差し出した。受け取って財布に入れようかと思ったら、袋に入れた本を持っている。20円を握ったまま包みを受け取った。この間、10秒もなかった。これには驚いた。普通の店員なら数十秒かかるところだ。何という人かとレシートを見ると、担当者は名前ではなくコード番号になっている。40008478さん、あなたはスゴイ。
華厳の滝で自殺した人の捜索費用300万円が遺族に請求されるという。鉄道自殺も頻繁に起きているが、遺族が賠償請求されるようだ。
https://www.yomiuri.co.jp/national/20191004-OYT1T50386/
華厳の滝といえば、藤村操だ。1903年(明治36年)5月22日、彼は華厳の滝に投身自殺した。以後、華厳の滝は自殺の名所となり、柵を作るなど防止策がとられたという記述を見たことがある。
ウィキペディアには「自殺の名所」という項目がある。三原山も最近はニュースで見ない。青木ヶ原樹海は警備体制が強化され、自殺できなくなっているようだ。
牛込の横寺町は有名だが、何故「縦寺町」とか「中寺町」とかがないのだろうか。
『一話一言』には、
牛込末寺町酒井様御下屋敷脇通にて相揃、通寺町より神楽坂左りへ、
とある。
「通寺町」の横町が「横寺町」、「末寺町」の横町が「末寺横町」だという。
アンボン(アンベノか。オエクシ=アンベノは、ティモール島のインドネシア領西ティモールに囲まれた、東ティモール民主共和国の飛び地地区及び県。一般にオエクシ県だがアンベノ県とも呼ばれている。)
チモル(ティモール島は、小スンダ列島の東端にある島。南にはティモール海を隔ててオーストラリアがある)
セレベス(スラウェシ島は、インドネシア中部にある島。植民地時代はセレベス島と呼ばれたが、インドネシア独立後は一般的にはスラウェシ島と呼ばれる)
マカサル(マカッサルは、インドネシアの都市。スラウェシ島の南部に位置し、南スラウェシ州の州都)
カナソイン(?)
ボルネヲ(ボルネオ島は、南シナ海、スールー海、セレベス海とマカッサル海峡、ジャワ海とカリマタ海峡に囲まれている島。インドネシア・マレーシア・ブルネイ、この3か国の領土であり、世界で最も多くの国の領地がある島)
安南(アンナンは今のベトナム)
アキン島内カナリイン(マキンはキリバスのギルバート諸島に属する太平洋上の島。カナリインは不明)
大田南畝『半日閑話』「五島異国船漂流」に出て来る地名である。今から二百年ほど前、インドネシア近辺から長崎まで漂流したきた人の生地。括弧内は菊池注釈(ウィキペディアによる)。
[1] [2] [3] [4] [5] [6]
カレンダー
09 2019/10 11
S M T W T F S
19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
カテゴリー
フリーエリア
最新コメント
最新記事
(10/18)
(10/17)
(10/17)
(10/17)
(10/16)
(10/16)
(10/16)
(10/15)
(10/14)
(10/14)
最新トラックバック
プロフィール
HN:
gwaikotsu
性別:
非公開
バーコード
ブログ内検索
忍者ブログ / [PR]
/ Template by Z.Zone