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気が向いたら思いついたことを書いてみます
昨夕のテレビで、「べっぴん」という言葉の発祥の店ということで、豊橋の鰻屋「丸よ」が紹介されていた。この店は、自分の所が「べっぴん」という言葉の発祥だとして入り口に由来を書いた札を下記のように掲げている。
http://hamadayori.com/hass-col/commerce/Beppin.html
「べっぴん」語源発祥の店
     丸よ
明治初期に田原藩家老渡邊崋山の息子、渡辺小華の発案により「すこぶる別品」の看板を掲げ鰻を売り出した所、大好評を得その言葉が全国に広がってゆき極上品はすべて「べっぴん」と呼ぶようになって、そのあとの明治中期には美しい女性(美人)にも使われるようになりました。
丸よはその伝統の『べっぴん』の鰻を今も焼き続けております。
しかし、これはおかしい。「べっぴん」という言葉は江戸時代から使われていた。下記のページに詳しい。
http://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000070703

読売新聞やら林修の番組やらが「丸よ」の説を流したものだから、これを信じ込んでいる人も多いだろう。
三十年以上前か、武田鉄矢が金八先生で「人」という字の成り立ちをいかにもそれらしく説明したため、結婚式のスピーチでこれを語る人が多く、笑ったことがある。
フェイクニュースは多い。
そもそも、今どき「あの子はべっぴんさんだ」などと言う人がいるだろうか。
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伊東乾「大衆を誘導するために『作られた』五箇条の御誓文」に、
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49834?page=3
「郵便ポスト」を「垂れ便」と読み間違えて、本当に公衆便所よろしく用便した人がいたのかどうかは寡聞にして存じませんが、
とあったので笑った。「ラジオ深夜便」を「深夜に大便をすること」と理解している学生がいた。大学生は深夜便を聞かないだろうから、今でもこのように考える学生がいるのではないか。
コピー・プリンタで感心するのは「紙送り」機能。30年前は給紙の際に「捌く」という作業をしていた。紙と紙の間に空気を入れるのだ。しかし、今は500枚そのまま入れている。それで紙詰まりが起こらないというのは不思議だ。
安物では時々紙が詰まる。我が家のは先日まとめて数枚送って詰まった。今日見たコラムには
うちの会社のコピーは、去年までリコー。とにかく紙詰まりが多発。
サービスマンにみてもらうも、推奨する用紙を使って下さいって言われ機械はササッと掃除して終わり。
今年、他社のコピー機に代わって同じ用紙を使ってますが、機械設置したサービスマンの人に相談したら、機械の調整してくれて、使用方法のアドバイスで、紙詰まりは以前の半分以下。
とあった。リコーからどのメーカーに変えたのかわからないが、やはり紙詰まりは起きているようだ。もっと高級な機種にすればいいのに。
朝刊を取ろうとすると、不在連絡票が入っていた。昨日は宅配便が来るだろうと待ち構えていたのだ。それなのに。配達時刻は15時となっている。私はラジオを聞きながら仕事をしていた。チャイムを聞き逃したのか。思い当たる節がある。窓の外に気配がしたので、チャイムを聞きやすい所に出た。しかし音は鳴らなかった。あれだろうか。
可能性は三つ。
①押してもチャイムが鳴らなかった。(器械の問題)
②チャイムが鳴ったのに聞こえなかった。(私の問題)
③インターホンの押し方が悪かった。(配達員の問題)
ある配達員は、数分前に電話をしてきて、在宅を確認してくれた。これなら問題は起きない。そこまでしたくない、というのであれば、インターホンを押した後、何秒待つのか知らないが、不在連絡票に記入する前か後に、もう一度押してもらいたい。
トイレに入っている時チャイムが鳴って、あわてて出たということが二度あった。あの時の配達員はよく待っていてくれたと思う。根気・辛抱が大事だ。
ニコン、東芝の二の舞いの兆候
http://biz-journal.jp/2017/04/post_18682.html
ニコンについて、評論家が悲観的な見方をしている。私は一眼レフを買おうと思ったことはない。金がないことが第一だが、大きすぎ、重すぎだろう。10年以上前、和本撮影のためキャノンのPowerShotを買った。8万円台だった。メモリは1GBのカードを3枚買った。数年後に半値以下で手放した。今月、必要に駆られてPowerShotを買った。決め手は2000万画素。これは以前の10倍。性能がよくなっているのに3万7千円。半値以下。重さも200グラム弱で半分以下。メモリも64GBだ。必要ならもっと大容量にできる。十年前にはこんなカードはなかった。メカの進歩には驚く。
今朝のラジオで中村伊知哉氏が『インターネットの次に来るもの  未来を決める12の法則』を紹介していた。12のうち3つを紹介していたが、ホームページでも同様。
http://agora-web.jp/archives/2024169.html
1.全情報を格納する図書館、2.全人生を記録するログ、3.全人格のアバター

70年分、つまり起きている間の人生分の映像をMP4にすれば10テラバイトと聞いたことがあります」と言っているが、テレビ録画で2TBが一杯になったことがあるので、10TBで70年録画できるとは信じられない。「全人格のアバター」が実現するのは何十年後、何百年後だろうか。昔の飯炊きや家事手伝いが、炊飯器・掃除機・洗濯機になったのが50年以上前。自分と同レベルの助手・秘書がロボットになってくれたら、ありがたい。
子供の頃、町内に最中屋があった。たまに買い物に行かされた。最中とは満月をかたどったもので「秋の最中」から来ていると、この歳になって知った。子供には丸い最中より四角い最中の方が大きくて食いでがあってうれしかった。今日買った「宝もなか」は一口最中だ。サービスのつもりなのだろうが、餡がハミ出ていて、上の皮と下の皮が密着していない。上品とは言えない。
逆瀬川のアピア2階に雑貨店のようなものができていたので覗いた。文具もあったのでメモパッド4冊を購入した。Seriaという店。ホームページを見ると「100円ショップ」とあったので驚いた。値札もないので適当に購入したが、思ったより安かった。レシートを見ると、皆108円となっている。これからメモ帳はここで買おう。
昨年「天地無用」とラベルを貼った荷物が届いたことがあった。業界ではまだ使われているようだ。
昨日の荷は「この面の上に荷物を乗せない」とか「下積み禁止」とかいうラベルが貼ってあった。「上積み禁止」ではないかと思ったが、「下積み禁止」でも「上積み禁止」でも、意味は同じになるようだ。
東芝がテレビ事業を売却するという。56年前、我が家に初めてテレビが入ったが、東芝だった。右肩のToshibaというロゴをはっきり覚えている。今、我が家にあるのもREGZAだ。次に買い換える時は、どこのメーカーになるのだろうか。

東芝、テレビ事業売却 トルコ大手などと交渉へ
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ04HRB_Y7A400C1MM8000/?dg=1

近くにドラッグストアができる。南北1.5キロの両端に2店あるのに、その真ん中にまた出店する。東方1キロ以内にも1店ある。棲み分けができるのだろうか。
下記の記事を見て、逆瀬川駅前を思い起こした。ジャスコが撤退したビルは廃墟に近い。西武が撤退したビルにも空きスペースが目立つ。
小売店を廃業させたスーパー・ショッピングセンターが郊外型ショッピングモールによって苦境に立たされる。それがまたネットによって。日本もそのうち米国のようになるだろう。
アメリカにあふれる「墓場」のようなショッピングモール
https://www.businessinsider.jp/post-1440?utm_source=yahoo&utm_medium=news&utm_campaign=00

今日のラジオで大宅映子が大宅壮一「中学生日記抄」を紹介していた。以下、ネットからの引用。

同年(1916年=大正五年)9月7日 漢文の時間、読本に、「あらば」とすべき送り仮名が「あれば」とついていた。
早速、僕は先生にいってこれを正し、ついでに「教育勅語に『一旦緩急アレハ』とあるのも間違いではありませんか」と訊いた。
僕には十分の自信があった。・・先生は「勅語は天皇みずから作られるのではない。そしてその中には誤りもあろう。しかしわれらはそれをとやかくいうものではない」と、かえってさんざん小言を頂戴した。
http://ameblo.jp/gapmmi/entry-12024848870.html
朝日新聞には次のようにある。
 安倍内閣は31日、戦前・戦中に道徳や教育の基本方針とされた教育勅語(ちょくご)について、「憲法や教育基本法等に反しないような形で教材として用いることまでは否定されることではない」との答弁書を閣議決定した。だが、教育勅語は、過去に国会で排除・失効決議が出ており、答弁書との整合性や、教育現場でどのように使われるのかが問題になりそうだ。
http://www.asahi.com/articles/ASK305RC2K30UTIL03Y.html?iref=comtop_list_pol_n02
教育勅語は上記のように欠陥文書であり、日本国憲法や教育基本法に反するものである。一部容認する安倍内閣は間違っている。

教育勅語については下記のコラムに詳しい。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49446
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49474
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49479
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49512
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49540
今朝の文化放送「音の風物誌」で「ソラゴール」をやっていた。太陽光によって鳴るオルゴール。Googleで検索してもヒットしない。
今日、文化放送で、朝の「グッモニ」と午後の「とべサル」が最終回を迎えた。福井謙二は「ありがとうございました」で終わった。「とべサル」には大竹まことが出てきた。懐かしい人の名前が出た。「榎本勝起」。大竹は若い頃、榎本の伝手を頼って、「パックインミュージック」を見学させてもらったという。私もTBSラジオで「おはよう榎さん」を聴いていた。その前だか「片山竜二」が朝の放送をやっていた。覚えているのは、朝出勤しようとすると、近所の人から「頭に石鹸がついてますよ」と注意されたという話。独身でシャンプーも使わなかったのだろう。ウィキペディアには「没年不明」とある。リスナーからの批判があったのだろう、ひたすら詫びて、自作の歌を披露する、という所を覚えている。小島一慶が「放送作家なんていなかった」と言っていたので、片山も自分で構成を考えていたのだろう。手詰まり感濃厚な最後の方であった。
今朝の文化放送「グッモニ」で、リスナーからの「初めはフジテレビアナがラジオなんてと思っていましたが……」というメールを紹介した後、福井謙二が「最初はプレッシャーを感じていた。毎晩枕を涙で濡らした」と言ったので水谷加奈が大笑いした。こんな言葉がすっと出て来る所が福井の真骨頂だが、これは言葉遊びだけで言っているのか、実体験があってのことなのか。
私は中学一年の時、涙で枕を濡らした。遠足に行くのに、父親が「軍隊で使ったリュックがあるから、それを持って行け」というので「いやだ」と言って、寝しなに泣いた。上を向くと耳に入るので、横向きで泣いた。朝ぐしょぐしょだったのを覚えている。二三日続いただろうか、母親が察してくれたのだろう、黄色い新品のリュックを買ってきてくれた。遠足当日、誰も中古のリュックなど持っていなかったので「よかった」と思った。
今日のTBSラジオ「ラジなん」で久米宏が「ナレ死」の話をしていた。ナレ死とは、
時代劇で武将が戦死する際に、最期のシーンが描かれないまま、アナウンサーのナレーションだけで語られること。
コンニャクとは百万円の札束を意味する政界隠語とのこと。百万円のようなうすっぺらなコンニャクは見たことがない。実際のコンニャクなら、数百万円に相当するだろう。
江戸時代には、二朱金の二十五両包み(二朱金二百枚入り)を「切り餅」或いは「蒟蒻玉」と言っていたようだ。
蒟蒻消費量第1位県は山形だそうだ。山形では玉コンニャクを食べるらしい。
柳家喬太郎が落語「時そば」で「コロッケ蕎麦」を語っていた。私は食べたことがない。ネットを見ると、
その発祥には諸説あるようだが、明治時代に銀座の「そば所 よし田」の初代女将が考案したという説が有力の模様。
http://www.excite.co.jp/News/bit/E1420426910587.html?_p=2
とある。これは微妙だ。斎藤緑雨『ひかへ帳』に、
コロツケツト蕎麦といへるを、花屋敷の吉田にて出したり。追々かゝることに成行くべし。
とある。「吉田」は共通だが、場所が違う。緑雨の言うのが嚆矢なら、
明治31年、花屋敷(浅草か。向島百花園か)の吉田が始めた。
ということになる。
籠池泰典氏が「事実は小説よりも奇なり」と言った。懐かしい。NHKテレビ「私の秘密」の冒頭、高橋圭三の決まり文句だった。「私の秘密」は1967年3月27日終了とのこと。籠池氏は中学生の頃見ていたのだろうか。
今日の文化放送「グッモニ」で、クロワッサンの語源を説明した後、福井謙二が「三日月というと……」と振ると、水谷加奈がすかさず「パッ」と反応した。福井は驚いていたが、水谷は市川右太衛門の映像で覚えた訳でなく、西川のりおのギャグで知っていたのだろう。
少なくとも50年前までは量り売りが主だった。私は毎日のようにお使いに行かされた。ある本に、大正時代のお菓子屋の主人の話が出ていた。
「お菓子を秤に掛ける時は目方が少ないようにつかんで袋に入れろ。秤にかけてから不足の分を入れてお客に差し上げろ。そうするとお客様はおまけが有るように思し召すが、もし袋の菓子を秤にかけて目方を見た上で中から取って捨てると、少なくよこすようにお思いなさるものだ。少し目方が張ると思ったらそのまゝにして減らさずに出せ」
私の行ったお菓子屋「つくし堂」では多めに入れて少しずつ抜き取る店員が多かった。肉屋では「こま切れ百グラム」を注文することが多かった。おばさんは必ず数グラム多く乗せてくれた。「丸屋」の味噌の量り売りは必ずといっていいほど、先の菓子屋の主人のような量り方だった。
銀杏の葉は虫除け効果があるという。あちこちの図書館の和本の中にはさまっているのを見たことがある。今日は昭和19年刊の本の中に銀杏があった。真っ黒に変色していた。この時期に700ページ近くの本をよく出したと思うが、紙事情は悪く、仙花紙だ。銀杏は後半部分にあった。100ぺージ前後には若干虫食いがあったから、銀杏の効きめはあったのだろう。
NHKラジオ相撲中継のアナウンサーが「出方さんが前を通ったのでよく見えなかった」と言っていた。出方とは相撲茶屋(相撲案内所)の従業員らしい。
「民間患者搬送車」と書いた車を見た。救急車の親戚かと思ったが、調べると「介護 ・福祉タクシー」のことらしい。見かけは救急車と似ていた。
「療育特化型放課後等デイサービス」という看板を見た。調べると障害を持つ児童が対象らしい。それにしては机椅子がぎゅうぎゅう詰めの部屋だった。
カンカン帽をかぶった男性を見た。アラサーか。ゆったりめのグレーのスーツ。大きなキャリーバッグを引いている。映画やテレビでは見たことがあるが、生のカンカン帽は初めてだ。大正か昭和初めという感じがする。
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