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気が向いたら思いついたことを書いてみます
小学校からの帰り、自宅近くに「ポン煎餅」のおばさんがいた。「ドッカーン」と大砲のような音を立てて米を煎餅にしている。見ていると、「米を一合持ってくればタダで作ってあげる」という。早速頼んだ。鉄の皿に少しの米と塩少々を入れて作ってくれた。何枚できたのか、覚えていない。あのおばさんはどうやって儲けていたのだろう。自分で米を持ってきて街角でポン煎餅を作って売っていたのだろうか。米を持ってきた人にタダで作ってあげたら、全然儲からない。子供だけの特別待遇だったのだろうか。あるいは半合分だけ作り、あとはおばさんの取り分としていたのだろうか。もんぺにほっかぶりで見るからに農家のおばさんという感じだったので、それはないだろうと思う。
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今朝のグッモニの投稿で、「小学校の正門前にヒヨコなど物売りが出ていることがあった」というものがあった。福井謙二もヒヨコの記憶があるという。私が覚えているのは、紙人形の足の部分が針になっていて、これを指の皮一枚下に刺して指人形にして遊ぶというものだった。おじさんの演技がうまいので、ついつられて買ってしまった。5円か10円だったのだろう。自宅でやってみた。大人の指の皮なら何でもないだろうが、子供にはキツかった。1セット数枚入っていたが、1つか2つ刺しただけで終わった。その他、時々出店があったが、品物は覚えていない。
小池百合子が「黒い頭のネズミ」と言った。40年近く前、私が「頭の黒い鼠」と言ったら、某君(故人)は意味を知らなかった。西鶴『世間胸算用』に出てくる。近代でも使っている人はいるようだが、知らない人のほうが多いだろう。テレビのニュースでは解説がついていた。
宅配便が届いた。2個口なのに1箱しかない。「1個ですか?」と聞くと、「2個なんですけど、あと一つは後ほど持ってきます。自転車できたもので」と言う。20代の青年だ。自転車の荷台に積んだわけではなかろう。リヤカーの荷台の小さいのをつけた宅配業者の自転車を見たことがある。手押し車で運んでいる女性を見たこともある。人手不足で運転免許を持たない人を雇っているのだろうか。それとも忙しくて車が全部出てしまい、自転車しか残っていないのだろうか。車で来る人は台車で運んでいるが、今日の青年は台車を使わず一つ一つ持って運んでいる。郵便にしろ宅配便にしろ、1日で届くというのは、考えてみれば驚異的だ。宅配業界も大変なようだ。
過日購入した古書が孔版印刷本だった。昭和26年刊。驚いたのはルビが振ってあること。私は昭和44年にガリ版の切り方を教わり、数年使っていたが、ルビを振ろうなどと考えたことはないし、技術的にできなかった。よほど細かい目の盤、細い筆を使ったのだろう。謄写版の本でも貴重な資料はある。
最近は個人情報尊重ということで、住所を公にすることはなくなったが、昭和時代は芸能人の名鑑に住所が記されていたという。大学の名簿も平成の初め頃までは毎年冊子になって全教職員学生に配られていた。私が本を出したとき、出版社の社長から、「奥付に住所を記すように」と指示された。今、奥付に住所を書く人は少ないだろう。先日購入した古書の奥付に「東京都調布市小島町五番地」とあった。京王調布・京王多摩川駅に近い所だ。
昨日見た「YOUは何しに」で、サントメ・プリンシペからの留学生をとりあげていた。サントメ・プリンシペという国名は初めて聞いた。アフリカ大陸の東側にマダガスカルがあるのは知っているが、西のギニア湾に浮かぶ島国だという。調べると、サントメ島・プリンシペ島の他、小さい島々があるようだ。YOUはアルジェリアで仏蘭西語を学び、今度は英語教師になるために日本に留学しているという。英語教育を学ぶのに日本留学とは、どういう訳なのだろうか。
今朝のTBS「堀尾正明プラス」の投稿テーマは「待ち合わせ」。高齢のリスナーが多いようで、「携帯のない時代」の話ばかり。1993年の『月はどっちに出ている』だったろうか、二人が携帯電話で話しながら落ち合う、という冒頭場面があった。それ以前は大変だった。投稿では「四時間待った」というものがあった。私も2、3時間喫茶店で待ったことがあった。駅に「伝言板」なるものもあった。
駅などの「待合室」という言葉には最初から違和感があった。誰かと誰かが待ち合わせるから「待合」なのだ、人間が列車を待つのに「待合」というのはオカシイと思う。
今朝の『グッモニ』で「久助」が取り上げられた。私は知らなかった。「製造工程で割れたり欠けたりした、規格外の煎餅やあられなどを集めて、正規品よりも安い価格で販売するもの」とのこと。割れ菓子。
昨日BSで『ベン・ハー』を見た。映画館で見たのは30年以上前。その後、テレビで吹替版を見たかと思う。自宅玄関右の穴(窪み)は何なのだろう。何か物が入っているような感じだ。郵便受けにしては小さすぎる。表札でもなかろう。
22日の「おはよう寺ちゃん」にて。木下博勝が、愛息・大維志くんの通う小学校で性教育の授業をした。大維志くんの4年生60人ほどが対象。40分の講義の後、40分ほど質疑応答。熱心な質問が相次いだという。
50年ほど前、私の頃は性教育など小中高で全くなかった。驚いたのは、今の小学4年生(10歳)と昔の私の中学2年生(14歳)との疑問が同じだったこと。田舎と都会、昭和と平成の違いがあるのだろうが、一番大きいのはインターネットの存在だろう。今の10歳は性についてかなりの知識を持っているようだ。

昨日届いた古本に「神田古書店」地図・リストが添えられていた。全157店。久しく行っていない。西秋書店・沙羅書房が奥にひっこんだようだ。けやき書店は「欅書房」が改称したものなのだろうか。愛書館中川書房・みはる書房・かわほり堂・魚住書店・書肆秦川堂・魚山堂書店・おどりば文庫・あきつ書店などはネットでのつきあいしかない。その他知らない店がたくさんある。
高校3年の冬、学校で盗難にあった。コート(当時は「オーバー」と言っていた)は廊下の窓下にズラーッと並べていたが、下校時に見当たらない。私は一番後ろの席だったが、数学の時間、出入り口の曇り硝子に人影を見た。今と違い、当時は出入り自由でセキュリティなどという観念はなかった。しかし、数百着も並んでいるコートの中で私のコートに目を付けた、というのは、その道のプロだろう。私のはツルシではなくオーダーだった。目利きという点では褒めてやってもいい。
中学は男子校だったが、女生徒が一人いた。肉体的には男なのだろうが、精神的には女性だった。2年の時私の2列横にいたが、眼が合うとにっこり笑い、ウインクをして色っぽい仕草をした。目は大きく色白で美男子なのだが、女装したら役者になれそうだった。それ以降、彼より蠱惑的な女性に出逢ったことはない。名前は忘れた。彼は今、女になっているのだろうか。
小学校低学年の時、日曜日に書道教室に通わされた。楓小路(こんな優雅な地名も今は消滅した)のとあるお屋敷の横の小道(両側は竹垣・植込に覆われていた)を十数メートル奥に入った所だった。入り口のお屋敷には「名越時中」という表札がかかっていた。その家の庭では、中高生ぐらいの男の子が竹刀を振っていた。高校で「名越時正」先生に日本史を教わったが、「ああ、あの家の人だな」とすぐわかった。私の眼にはかなりの御高齢に見えたが、調べると当時52歳。90歳まで長生きされたらしい。書道教室の先生の名前は覚えていない。奥様と二人で数十人の生徒を見ていた。
日本の炬燵と同様のものに、イランの「コルシ」がある。言葉も似ている。サヘル・ローズが「ペルシャ語の『チャランポラン』は日本語のそれと同じ意味」と言っていた。偶然が二つも重なっている。
ラジオのCMで「ミツウロコ」がリチウムイオン電池の宣伝をしていた。私が子供の頃は、ミツウロコといえば「練炭」だった。今や新エネルギーを手がけているらしい。
今日のラジナン最後のメール。久米宏がBSで、塚原卜伝のことを「左卜全」と言ったが、周囲の人はみなスルーした、というもの。
左卜全を知る人もだんだん減ってゆく。埼玉県入間郡小手指村北野に生れたという。私が子供の頃から老人役をやっていたが、77歳没と知って驚いた。
誤植ではなく「誤読」と思われるものがある。
今日見た古書目録に『草語考』とあった。これは『卑語考』の間違い。「草語」とは何ぞや。植物の本か?箱・表紙だけを見て、中を見ていないのだろう。
「草」で思い出したが、国会図書館の目録に『草々かしこ』という本がある。これはどう見ても『参らせ候かしこ』の間違いだ。国会図書館司書も読み間違いをするという例。
8か月以上前、アーサー・ビナードは「とべサル」で、「次期大統領はトランプ。もしクリントンだったら、坊主になる」と断言した。彼の予想は当たった。同時期に予想した久米宏は外れた。
ピコ太郎の写真を見、その長い顔に「トニー谷」を思い出した。
ところが、『日刊ゲンダイ』に、

ピコ太郎の原点? 往年の芸人「トニー谷」と数々の共通点
という記事が出ていたので驚いた。
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/193321
「数々の共通点」とあるが、共通点はメガネと口ヒゲぐらい。メガネもピコのはスモークがかかっているから厳密に言えば違う。「その芸風までソックリだ」というが、音楽に乗せて意味不明のことを言う点ぐらい。この記事には説得力がない。
ピコ太郎には「垢抜け感」がない。
来年度放送・NHK連続テレビ小説「ひよっこ」主演の有村架純が、
「最後までガンバット~!」と茨城弁で意気込みを語った
という。舞台は茨城だというが、「がんばっと」などという茨城弁は私は知らない。イメージとしては、長門勇などが言いそうな言葉だ。
スタッフを見ると、
作・岡田惠和は東京都出身。
政策統括・菓子浩は、富山県出身。
演出・黒崎博は、岡山県出身。
とある。黒崎博の趣味ではなかろうか。
茨城弁なら「最後までガンバッペ」となる。
「丁字路(ていじろ)」という言葉を嘲笑するタレントがいたという。「T字路(ティーじろ)」ではないか、というのだ。私は子供の頃、よくお使いに行かされた。初めての所は、父親が略図を書いて説明してくれるのだが、そのなかに「ていじろ」という言葉があった。私は、父親は英語をよく知らないので「T」を「てい」と発音しているのだろうと思った。以来、私の頭の中には「丁字路」はなく、「T字路」のみだった。ところが、今日の記事で、「丁字路」という伝統的な言葉があることを知った。鴎外の『青年』にも出てくる。
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1611/04/news117.html
今春購入した古書に「禁出門 治三郎文庫」という蔵書印が押してあった。「出門」は割書。治三郎とは何者か、ネットにあった。牧治三郎。印刷業界に身を置き、印刷史をまとめた人らしい。「松本之章」という印もある。松本某の蔵書を牧が購入したのだろうか。牧は2003年に没したという。「禁出門」といっても、遺族としては古本屋に売ってなにがしかの金を得たいと思うだろう。珍本なので、何らかの形で後世に残るようにしたい。
『少年マガジン』が百万部を切ったという。私は草創期の「マガジン」を購入していた。ウィキペディアを見て驚いたが、「当初の主力作品は連続小説が大半を占めていた」という。純然たる漫画雑誌ではなかったのだ。『少年サンデー』も買ったことがあるが、これも同様で「創刊から10年近くの間、学年誌の延長線上にあり、読み物や付録などが充実していた」という。私は漫画雑誌を購入したことがない。小学三、四年生の頃、友達から『日の丸』という漫画雑誌をもらい、何とおもしろいことかと感激し、二度読みしたが、自ら漫画雑誌を購入することはなかった。『ジャンプ』発売の頃は、漫画を読もうという気もなかった。それから十数年、新調のスーツに身を包んだ新入社員と思われる男性が、左手に革の鞄、右手に『ジャンプ』を持って電車に乗り込んできたのには驚いた。
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